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蘇州のおみやげは、寒山寺の掛軸が常識(その2)

中国こぼれ話2 蘇州のおみやげは、寒山寺の掛軸が常識(その2)Fukyoyahaku

 

 寒山寺の『楓橋夜泊(ふうきょうやはく)』(張継作)の石碑。

 月落烏啼霜満天

 江風漁火對愁眠

 姑蘇城外寒山寺        

 夜半鐘聲到客船

張継(ちょうけい)は、唐の時代、713766年の詩人だ。実のところ寒山寺に残る石碑は、1911年清の著名な書家・ユエツ(18211906年)の作である。100年前だからそんなに古いものではない。そうかといって、『楓橋夜泊』の価値が下がるものではない。

 同じように有名なのが、寒山寺の壁に刻まれた『寒山拾得』の拓本である。唐の時代に二人の奇僧がいた。一人は寺の名前にもなった寒山で、もう一人は拾得(じっとく)である。身の回りには無頓着。いつも経典を手から離さず持ち歩く寒山とほうきを持ち、寺修行に勤め、ささいなことは意に介せず、カッカカッカと大笑いして、何事も解決してしまう高僧の二人。禅画の題材として、日本でも雪舟をはじめ、多くの文人墨客に愛され、良寛和尚や文豪・森鴎外にも評価されている。

 この拓本をごらんいただきたい。本当にユーモラスな人物像だ。書家の榊莫山先生の寒山拾得画につぎのような記述がある。

寒山「山へ行こうか、川へ行こうか」

拾得「空へ行こうよ」

人生は苦しいことばかり。それぞれの人は、いつも重い重い荷物を背負い、坂道をのぼっていく。クヨクヨするんじゃあない。何事も豪快に笑い飛ばそう。

・・・・と、そんなことを教えてくれる。泰然自若。Kannzanjittoku 

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