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トロイの遺跡・木馬と和式水洗トイレ

トルコこぼれ話1 トロイの遺跡・木馬と和式水洗トイレ

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 トルコは、カッパドキアやイスタンブールなど見所はたくさんある。印象的なのはトロイ(トロヤ)の遺跡だ。発見したのは、シュリーマンだ。中学生の頃、わくわくして読んだ本に『古代への情熱』という、ドイツ人・シュリーマンの伝記があった。紀元前800年頃、ギリシャの詩人ホメロス(ホーマー)作の叙事詩「イリアス」、「オデッセイ(オデュセイア)」に出てきた神話の世界にあこがれ、ついには自分で発掘までしてしまった人物である。

 

トロイの遺跡公園でひときわ目を引くのが木馬。1974年に復元されたものだが、実際に中に入ることができる。

スパルタ(ギリシャ)軍とトロイ軍の戦いので、退却して置き去りにされたスパルタの大きな木馬を、トロイ軍は戦利品として、城内へ運んだ。戦争に勝ったと思ったトロイ軍、飲めや歌えの大騒ぎ。兵士や市民が寝静まると木馬の中から、そろりそろりと隠れていた50名のスパルタ軍兵士が出現。火を放ち援軍を城内に引き入れて大勝利。・・・そんなストリーに魅せられ、シュリーマンは貿易商で財をなし、私財を投じて1870年頃、発掘を開始、「トロイの遺跡」を発見したそうだ。

 しかし近代、体系的な発掘調査で、トロイの町の遺構は、紀元前3,000年からAD

(紀元後)400~500年頃の9つの時代(層)に分かれており、シュリーマンがトロイ戦争の遺跡と考えたのは、実際、第2都市(ローマ時代BC2,500年頃)のものだった。トロイ戦争の頃の遺跡は、第6都市(BC1,800~1,250年頃)であった。

 このシュリーマン、本当は金銀財宝目当ての発掘だったという、説もある。また彼は、語学を習得する才能に恵まれており、生涯に何ヶ国語も身につけたそうだが、それはそれで、商売のために必要だったことだろうし、また、日本人と違ってドイツ人が、ギリシャ語・ラテン語や他のヨーロッパの言語を学びやすいのでは、ないだろうか。

 ところでトロイの遺跡公園で公衆トイレに入った。驚いた。和式の水洗トイレだ。

便器は平らだ。日本とは逆にドアに向かってしゃがむ。やっぱり、トルコはアジアのはじまりなのだろうか。調べてみると、典型的なトルコのトイレの形だった。

(参考トルコのトイレ事情)

http://www.jp-tr.com/icerik/yasam/tuvalet.html

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