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鑑真和上三部作その3

鑑真和上三部作その3 鑑真を訪ねて《中国江蘇省揚州》

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6月に鑑真和上の故郷である、「中国・揚州」への参詣を目的に上海・蘇州・揚州4泊5日ツアーを発表した。集まったのは20名だった。

揚州は南京からバスで約2時間。上海までバスで4時間以上。運河の街である。

ガイドブック風にいうと、

“揚州 隋の時代の煬帝が行宮を造営し、中国の南北を結ぶ大運河の基地として繁栄した。遣隋使や遣唐使も揚州に来訪していた。

元の時代には、有名なマルコポーロはこの都市の行政官であったという。

明から清の時代代には、国家の重要な収入源であった専売制の塩の役所である「塩運使署」が設置。塩の大集散地としてにぎわい、天下の富豪たちが集まった。

その後は、太平天国の時に廃墟となってからあとは歴史の表面から姿を消し、ひっそりとした地方都市となってしまった。“

揚州で一番有名な観光地は痩西湖という、湖だ。その他、大運河がある。

そしてなんといっても、今回の目玉は鑑真和上のいらした『大明寺(だいみょうじ)』である。実はこのお寺、日本と国交が回復するまでは、「法浄寺」と名乗っていたが、鑑真のいた8世紀の名前に戻したのだそうだ。(このあたりが商魂たくましい)

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 大明寺に着く。「鑑真記念館」がある。唐招提寺の金堂を模写した建物だが、ふたまわり小さい。記念館の中に鑑真和上像もまつられているが、どれもこれも最近のものだ。要するに、奈良の唐招提寺と和上像を「模写」したものだった。中国では文化大革命以後、唐の時代のものは、まず地方にも残っていないのは残念なことだ。一行は、予約してあった関係でお寺の職員の方に先導され、休憩室でイスにすわり、お茶をご馳走になった。この休憩所、よく見ると書画の掛軸がたくさん架かっていて、しかも○○元と値段までついている。 (売店だった)

 揚州の宿泊は、「揚州賓館」。夕食は名物料理だ。中国料理で有名な《揚州炒飯》を楽しみにしていた。横浜の中華街などで食べる揚州炒飯とは違って、油っぽくてまいった。そのほかの料理も醤油味がきつく、それほどおいしくない。 (たぶんこの日は腕利きの料理長が休みだったんだろう)

 とにかく、鑑真和上のいた揚州に来ることができた。それだけで旅の目的は達せられたわけだ。歴史的なものが何も残っていなくとも、掛軸の売店での休憩であろうとも、揚州に来られたのだ。この旅では、上海や蘇州の印象が強く、「揚州」の評判がいまいち(下今市)だったのは、意外だった。

 

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コメント

最近、たろべえさんのエッセイ(ブログ)は国内の文学チックというか、歴史ものが多いですね。もちろん楽しみに読んでますけど、あんまり学問的になると、文章も長いし疲れます。また、「海外添乗員もの」や「西欧美術史もの」をお願いします。

投稿: 杉並の旅人 | 2006年8月 2日 (水) 00時29分

杉並の旅人さん、いつもご愛読?ありがとう存じます。確かに最近、国内ネタで文化人気取りでした。反省しています。

 本当のことをいうと、文学部の出身で、専攻が哲学科で東洋哲学やら日本思想史なんてのを勉強していたんです。それに「西洋美術史」の授業も受けていました。だがら、《文学チック》な内容も、たまには出してみたいのです。もっと勉強して、またネタを書きます。

投稿: たろべえ | 2006年8月 2日 (水) 00時50分

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