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たった1枚の絵のために出かける旅 ゴッホ《花咲く桃の木》

西欧美術紀行 たった1枚の絵のために出かける旅 ゴッホ《花咲く桃の木》

 ゴッホの作品を追いかけて、オランダのアムステルダムをはじめ、オッテルローや

パリ、ロンドンを巡った。アムステルダムでは、ゴッホ作品の流れを体系的に展示する『ファン・ゴッホ美術館』だ。初期のものから晩年のものまで作品数は200点。

オッテルローの『クレラー・ミューラー美術館』には、それ以上の270点のゴッホ作品がある。《夜のカフェテラス》や《ひまわり》もある。そしてパリのオルセー美術館やロンドンでもゴッホの作品に出会うことができる。

 東京の江戸川区に住む初老の林さんという、女性市民画家がいる。ゴッホのツアーを募集した時、真っ先に申し込んできた。どうしても見たいゴッホの絵があるという。

 いまから約50年程前、林さんが女学生だった頃、上野の美術館でゴッホ展が開催されたそうだ。昭和30年代のはじめだろうか、彼女は表紙だけがカラー(天然色)印刷でボロボロの当時のゴッホ展覧会のカタログを持って、事務所に現れた。

「私、16、7歳の時、ゴッホのこの絵に出会って、それからずっと、もう1度見たいと思ってきたんです。クレラー・ミュラー美術館所蔵なのですが、今回、見ることができますか?」

「クレラー・ミュラーには行きますが、この絵があるかどうか、現地に確認してみないとなんともいえません。」

「私、この絵だけに再会できればいいんです。ぜひ調べてください。」

 さっそくインターネットを駆使して調べると、ゴッホの作品の中に1888年3月、アルルで描かれた《花咲く桃の木 モーヴェに捧ぐ》という作品が、クレラー・ミュラー美術館にある。そこですぐに英文でメールを打った。Peach-Trees in blossom

‘Souvenir de Mauve’が英文での作品名だ。林さんがどれほどこの作品に再会することを切望しているかなど、詳しく書いた。

 美術館からは、2日程して返事が来た。

「お問合せの“Peach-Trees in blossom‘Souvenir de Mauve’”は、確かに当美術館にあります。しかしながら貴殿がお越しいただく時期によっては、海外の美術展に出品されたり、あるいは修復のため、展示からはずれることもあります。」とのことだった。当然の答だ。そこで、いついつ行くので、その時期には海外出品や修復の予定はあるのか、どうかとメールをした。すると喜ばしい返事が、すぐ届いた。

「クレラー・ミュラー美術館では、わざわざ“Peach-Trees in blossom‘Souvenir de Mauve’”に会うために、50年もの年月を大事に過ごされた、日本人女性を歓迎致します。」

 オランダに到着して2日目、私達はクレラー・ミュラーに出向いた。美術館は広大な公園の中にあり、明るく、展示スペースも十分だった。さっそく私は、林さんと笑顔で待ち受ける学芸員の案内で、ゴッホ作品の部屋へ。

 《花咲く桃の木 モーヴェに捧ぐ》は油彩、キャンバス(73×59.5㎝)に描かれた作品。友人であり恩人のモーヴェ(マウフェ)にプレゼントしたものだそうだ。桃の木に咲く白とピンクの花が踊っている。背景の青い空と白い雲。あたり前の春の風景かもしれない。

 60なかばの林さんは、身動きもず、じっと絵をみつめている。その横顔は、ステキだ。久し振りの、50年ぶりの別れた恋人との出会い。ポニーテールにまとめた髪は白髪まじりだ。顔には人生のしわが刻まれている。自然と流れる涙。

 本当に来てよかった。ありがとうございましたと、林さんは繰り返す。他の参加者は、遠巻きにして拍手をしている。

たった1枚の絵のために出かける旅があってもいい。正直、私は自分の仕事に誇りをもった。いつまでも心は豊かでありたい。

※この絵については、『ゴードンセッターAudreyの部屋』というブログに丁寧な紹介記事がある。(絵の正しい解釈は以下、参照)

http://blogs.yahoo.co.jp/audrypapa/28019837.html

アルルの果樹園の木々は、ゴッホが夢中になった題材の一つ。春になり、芽ふきはじめた木々の花。その多彩な色彩をスケッチし、いろいろなパターンの絵を描いている。
『花咲く桃の木』はアルルの春先の作品。かってオランダのハーグで絵の手ほどきを受けたアントン・マヴェの死の知らせを受け、描かれたもの。絵の左下には、「マウヴェの思いでに」の文字が見える。木の枝を覆うように描かれたピンクの花々。点描のような筆遣いで、小さな花々を一つずつ描く方法には、日本の浮世絵からの影響もうかがわれる。
(オードリーさんのブログより引用)

Peach_trees_1 

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コメント

花咲く桃の木の解説

投稿: たろべえ | 2006年9月20日 (水) 23時39分

とても良い話をありがとう。こういう旅行もあるのですね。
若い頃に感銘を受けた事は、どんなに年月を得ても鮮明に覚えているものです。初恋のようなものでしょうか。
林さん、初恋の絵に再会されて、どんなにうれしかったでしょう!

それに協力されたたろべえさんのメッセージも、林さんの願いをかなえてあげたいという熱意が込められていたため、美術館側の返事も温かかったのでしょう。

それにしても、ゴッホの絵って、その筆使いからも絵の具の厚さからも色具合からも彼の熱意が感じられ、かなりの衝撃を人に与えますよね。林さんが持っていらした強い思い、分かるような気がします。

この澄んだ空、柔らかなピンク色、穏やかな土地、恩師を偲ぶ思いが感じられます。

投稿: cojico | 2006年9月21日 (木) 11時34分

cojicoさん
コメントありがとうございます。

ゴッホの「花咲く桃の木」は、本当に印象に残っています。私も泣きました。お客様も目頭を押さえていました。

 確か、クレラーミュラー美術館の館長さんから、林さんは、この作品の複製画をプレゼントされたようです。
(実はこの話、たまたま参加していた作家の有吉玉青さんが、お客様の立場で雑誌に書いたことがありました。玉青さんといえば、亡くなった有吉佐和子さんの娘さんですが、美術に造詣が深い方です。)

投稿: たろべえ | 2006年9月21日 (木) 20時21分

なかなかいい話ですね。感動しました。

電車の中で肩がぶつかっただけで、なぐられるような、こんな時代ですから、もっともっとたろべえさん、あったかいエピソードを期待しています。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2006年9月22日 (金) 13時23分

通りすがりの旅人さん

コメントありがとうございます。
 本当にささいなことでキレル人や常識のない人が、ふえました。満員電車の中で、私もからまれたことがあります。靴を踏んだとか、謝らなかったとか。

 ほんわかした「あったかい話」を書きたいのですが、添乗中のネタが多いので、そんなにエピソードってないのかもしれません。
それでもがんばってみます。(何を?)

投稿: たろべえ | 2006年9月22日 (金) 23時05分

暖かいお話を有り難うございました。
数年前、ゴッホ美術館は訪問しましたが、クレラー・ミュラー美術館は森の中で時間がなく、パスしてしまいました。
NHKの世界美術館紀行で紹介されたのが印象的で、いつか行きたいと思っています。

投稿: Ken | 2006年9月29日 (金) 00時14分

管理人様
ゴッホの花咲く桃の木の検索で、こちらに来ました。大変素晴らしいお話です。感動的です。有難うございました。

投稿: ゴッホ大好き | 2011年3月 4日 (金) 20時42分

初めまして
なゆたと申します
ゴッホの花咲くアーモンドの枝を
探して、このブログにお邪魔させていただきました。

それにしても何という素敵なエピソードでしょう。
思わず目頭が熱くなってしまいました。
長い歳月を経て再会を果たされた林さん
その思いに応えたクレラー・ミュラー美術館
ゴッホの絵を巡って国を超えて時間を超えて
奇跡的に想いが結びついていく

素晴らしいお話を本当にありがとうございます

投稿: なゆた | 2012年10月 8日 (月) 10時39分

なゆた様
コメントありがとうございました。
実際にあった「いい話」です。
自分で読み返しても感動してしまいます。

投稿: もりたたろべえ | 2012年10月 8日 (月) 17時04分

今は2013年1月、今日このブログを見て懐かしくなりました。中学か高校の教科書の扉の頁にこの絵がありました。他の絵とタッチが違い又畑の桃の木とイメージも重なり、ゴッホの絵が好きだった私は、この頁をアルバムにはっておいたと記憶してます。その後美術館などでは一回も目にすることなく今日に至りました。ロンドンのナショナルギャラリーでゴッホの絵を見ている時「桃の木」はどこにあるのだろうと。・・・
「ゴッホ桃の木」で以外にも簡単に2回目(40年以上たっていますが、)の桃の木に出会えました。私もいつかは本物に出会いたいと思います。美術館の名前まで解りましたありがとうございます。2006年の出来事でしたのね。

投稿: | 2013年1月27日 (日) 23時43分

コメントありがとうございます。
ゴッホの「花咲く桃の木」、すばらしい絵ですね。やっぱりこの作品を好きな方が、たくさんいるのですね。
 オランダのクレラーミューラー美術館は、広大な敷地にあります。ぜひ機会があれば、訪ねていただきたいと思います。

投稿: もりたたろべえ | 2013年1月28日 (月) 11時38分

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