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甲斐のくに・山梨の名物は鮑(あわび)という意外性【その1】

 山梨には海がない。山なしではなく山ばかりだ。これはうまい!と太鼓判を押せるのは《鮑の煮貝:あわびのにがい》である。高価な食品だけに、甲府周辺や石和温泉の旅館の夕食にもせいぜい2、3切れしか出でこない。鮑を醤油で煮た「煮あわび」である。(200グラムで5,000円以上の高級食材)Photo_72

 甲府の“創業400余年、煮貝の元祖”『みな与』によれば、《鮑の煮貝》の由来はつぎのようなお話だ。1860年頃(江戸時代末期)、現代のような交通手段もなく、冷凍・冷蔵の設備もない時代には、山や谷をいくつも越えなければならない甲斐の国に、新鮮な海の幸を運ぶことはできません。せいぜい干物や塩漬けの魚類、乾物に限られていました。当然、豪華な「あわび」など、甲府の人々の口には入りません。そこで『みな与』の6代目が、あわびの産地の駿河や伊豆の網元と加工研究し、「煮貝」の製法を完成させたそうです。Ichiran_nigai2

 駿河湾や伊豆半島で採れた「あわび」を醤油樽に詰めて、馬の背に乗せて甲斐まで運んだところ、程よく揺られ、馬の体温で温められ、甲府に到着する頃には、醤油がよく染み、素材の旨みが加わり、おいしく仕上がったとのこと。

 また別の業者の宣伝文句には、

「鮑と戦国武将といえば、甲斐の武田信玄の煮貝です。こちらは今でも山梨の名産品として残っています。武田信玄が今川領を攻め取り、富士川河口あたりを領地にしていた頃、鮑を駿河湾で採り、醤油に漬けて甲斐に持ち帰ったのが起源です。」と、どうしても信玄に結びつけたいようだが、信憑性はまったくない。(信玄が甲州と駿河間を往来していたのは間違いないが)

 Nigai_history 駿河湾沿いの富士市(吉原)から甲府までの陸路だが、最短距離として、有名な古道《中道往還》が残っている。富士から富士宮、旧上九一色村、精進湖そして右左口峠(うばぐちとうげ)を経て、甲府へ。距離は約80kmだが、険しい峠をいくつも越えなければならない。駿河産の塩や海産物を馬の背に載せて運んだルートだ。ちなみに「馬」の平均体温は、37.5度。しかも大汗をかく。走ったりすれば、すぐに5度位は上昇するという。これが、《鮑の煮貝》の熟成に役立ったようだ。(参考に人間の体温は36度だが、牛・犬・猫は38.5度、ブタが39度、やぎ・羊も39度でニワトリが42度だそうだ。農林水産省提供)

※《中道往還》については次回に取り上げます。

※鮑の煮貝・馬のイラストは《みな与》提供、上画像は石和の慶山提供)

    みな与 山梨県甲府市中央3-11-20 TEL:055(235)3515 

    http://www.minayo.co.jp/ (老舗だが、通販の注文もできる)

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