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大阪 現在も生き続ける・太陽の塔

大阪こぼれ話 現在も生き続ける・太陽の塔Photo_70

 大阪出張で千里へ行った。大阪の中心部から北へ約12km、豊中市と吹田市に広がるニュータウン。千里中央から大阪モノレールに乗り、万博記念公園駅前のホテル阪急エキスポパークを訪れた。ホテルから万博記念公園をみる。そこには、いまもなお、岡本太郎の代表作《太陽の塔》が、ウルトラマンのように力強く立っていた。

(岡本太郎:19111996

 万国博覧会の開催は1970(昭和45)年。太陽の塔は、万博のシンボルとして建てられた。高さは70m、横に広げた腕の長さは25m。この塔には3種類の太陽の顔が刻まれている。頭の部分の金色に輝く顔は「未来の太陽」、お腹の部分の機嫌が悪い少しひねた顔が「現在の太陽」で、正面からは見えないないが、うしろのお尻の部分に愛嬌のある「過去の太陽」の顔が描かれている。以前、テレビでみたが、この他に実は塔の地下部分に4番目の「太古の太陽」の顔」があったそうだが、現在は行方不明とのこと。(確か兵庫県内にあるらしい)

Photo_68  この塔は近くでみても迫力があるが、遠くからでもその存在感の大きさに驚く。青い空や付近の緑の林に溶け込むことなく、生き様をさらしている。なんだか勇気をもらった気分だ。(写真はホテル阪急エキスポパークから撮影)

 また「千里ニュータウン」は、日本初の大規模ニュータウンとして、計画人口15万人を目指し、昭和36年から開発が始まった。昭和45年の万博に向け、鉄道網も整備され、道路網も大阪中央環状線をはじめ、近辺には名神高速、中国自動車道、近畿自動車道などが走っている。

 しかしあれから40年。地域住民の高齢化が進み、初期の住宅も古くなった。激しい交通渋滞による大気汚染もひどい。いまモノレールに乗って、ニュータウンを上からながめると、残念ながら「死んだ街」である。活気がない。

そうはいっても、大阪に行く機会があれば、足を伸ばして太陽の塔に会いにいってほしい。それから最近、太陽の塔とほぼ同時期に製作された岡本の巨大壁画《明日の神話》が発見され、修復後一般公開された。こちらは、原水爆の残酷さをアピールした作品だそうだ。Photo_69

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