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武田信玄の隠し湯 信濃の国編

武田信玄の隠し湯 信濃の国編

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川中島をはじめ、多くの合戦で負傷した兵や馬の治療に武田軍は、温泉を用いたことはよく知られている。ほとんど毎日のように戦いの続く戦国時代にあって、傷つき疲労した兵士の治療や次の戦(いくさ)に備える、休養のため、温泉・鉱泉を探した。また、強固な城下町をつくり、武器や人馬を集める莫大な費用のため、金をはじめとする鉱山の採掘をおこない、疲弊した鉱夫たちのためにも温泉療法を施した。 

《武田信玄の隠し湯》は、調べた限りでは、山梨、長野を中心に25以上30箇所近くもあるようだ。山梨県内が9箇所、長野県内が15箇所、神奈川・静岡・岐阜に各1箇所で合計27箇所。この他にも信玄隠し湯伝説や信玄ゆかりの温泉・鉱泉を加えれば、おそらく30箇所を超えるだろう。 (この項は「武田信玄の隠し湯 甲斐の国編」と重複) 

とくに甲府から松代(川中島)間を信玄はたびたび往復したが、甲斐から諏訪、さらに北信濃に進行するための、甲府から松代・海津城までの最短距離の軍用道路をつくった。これは《信玄棒道:しんげんぼうみち》と呼ばれ、小淵沢から八ヶ岳南山麓そして、蓼科周辺に「上の棒道」として残っている。この軍道は上中下三筋あり、軍馬と兵士が走り抜けた山道だ。もちろん物資の輸送にも使われた。そして調べてみると、この棒道の周辺の山あいには「信玄の隠し湯」が多く存在しているようだ。合戦で傷つき疲れきった兵の癒しには、充分役立ったと思われる。 

また北信濃攻略にとどまらず、信玄は元亀3年(1572年)25,000の大軍を率いて甲斐を出陣。諏訪から伊那を経て青崩峠を越え、遠江(静岡県西部)に侵入した。やがて三方ケ原で武田軍は徳川家康軍と一戦を交える。この戦(いくさ)は、武田軍の勝利であったが、信玄は甲斐への帰途、天正元年(1573年)4月、信濃駒場で病が悪化し病没してしまう。伊那周辺にも「信玄の隠し湯」が残されている。

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《信玄の隠し湯》長野 ※温泉名・所在地・コメント・施設例(旅館など)

たろべえ調べ

□仙仁温泉(せに)/長野県須坂市仁礼/長野電鉄須坂駅からバス30分終点仙仁温泉下車

平安時代末期、山伏が発見した秘湯。奥行き30mの洞窟風呂で知られる。洞窟の仙人風呂は、はじめ上杉謙信の隠れ湯であったが、川中島合戦以後、武田信玄の隠し湯として、負傷した兵の傷を癒したと伝わる。一軒宿。日帰り入浴不可。

仙仁温泉岩の湯026(245)2453

□松川渓谷温泉(まつかわけいこく)/長野県上高井郡高山村奥山田/長野電鉄須坂駅からバス40分山田温泉下車、タクシー約5分

古くは武田信玄の隠し湯といわれ、江戸時代には湯治場として賑わいをみせていた。混浴の大野天岩風呂は、松川渓谷沿いにあり、紅葉の時期には人気。男女それぞれの内湯岩風呂もある。源泉は74℃と65℃の2本。昭和42年に復興した一軒の温泉宿。

滝の湯026(242)2212

□大塩温泉(おおしお)/長野県上田市西内大塩/JR長野新幹線上田駅からタクシー50分、上田駅から鹿教湯温泉行きバス1時間、大湯温泉下車

千曲川支流沿いに湧く丸子温泉郷がある。ここは鹿教湯温泉、大塩温泉、霊泉寺温泉の3つの湯治場が点在する。中でも大塩温泉は、武田信玄の家臣・大塩氏が発見、川中島で負傷した兵の治療に用いた信玄の隠し湯の伝説がある。

湯元旭館0268(45)3355

□加賀井温泉・松代温泉(かがい・まつしろ)/長野県長野市松代町東条/JR長野駅から松代行きバス、30分

武田信玄の信州最前線基地、海津城(松代城)のそば、川中島の合戦場にもっとも近い。傷ついた武田軍の治療につかわれたとの言い伝えがある。源泉はナトリウム・カルシウム塩化物泉で41度とぬるめ。混浴の露天風呂と男女別の内湯がある。一陽館は日帰り入浴のみ。

加賀井温泉・一陽館026(278)2016/松代温泉・国民宿舎松代荘026(278)2596

□蓼科温泉(たてしな)/長野県茅野市北山/JR中央線茅野駅からバス40分

その昔、坂上田村麻呂によって発見されたという「蓼科温泉郷」だが、古来から傷や火傷に効能があるという。武田信玄が軍馬の傷を癒す「薬湯」として利用したとの言い伝えがある。酸性含硫黄ナトリウム塩化物硫酸塩温泉は、神経痛、筋肉痛、関節痛に効く。現代では、高原のリゾートとして人気だ。

蓼科温泉共同浴場0266(67)2100/

□奥蓼科温泉(おくたてしな)/長野県茅野市奥蓼科温泉/JR中央線茅野駅からタクシー30分、バス奥蓼科行き50分辰野館前下車

宿は「信玄の薬湯 渋・辰野館」という。奥蓼科温泉郷にある。武田信玄が、上杉謙信との合戦のため、八ヶ岳の南麓から奥蓼科を通る軍用道路、《信玄棒道》をつくっている折、伝えきいた薬湯の効能に驚き、傷病兵を治療のため湯治させた。それ以後「信玄の薬湯」と呼ばれるようになった。泉質は単純酸性ナトリウム硫酸塩泉。

21度の冷泉で、昔は焚き火で暖をとりながら入浴したそうだ。(現在は加温)創傷はもとより、胃腸病、リューマチ、皮膚炎に効く。

奥蓼科温泉郷 渋・辰野館0266(67)2128

□唐沢鉱泉(からさわ)/長野県茅野市湖東/JR中央線茅野駅から送迎バス(要予約)40分

奥蓼科温泉と同様、武田信玄ゆかりの隠し湯といわれる。源泉は10度と冷たいが加温してある。泉質は二酸化炭素冷鉱泉。標高1870mの八ヶ岳・天狗岳の中腹に位置する「日本の秘湯」である。冬期は積雪のため、1月後半から4月初旬まで休業。

唐沢鉱泉0266(76)2525

□渋温泉(しぶ)/長野県下高井郡山ノ内町渋温泉/長野電鉄湯田中駅から車で5分

今から1300年ほど前、奈良時代に僧行基によって開湯したという。戦国時代には武田信玄の隠し湯となり、「温泉神社」は信玄の寄進により開山。川中島の合戦の折には傷ついた兵士の療養の場所となった。外湯九湯めぐりが人気だが、番外薬湯として「信玄カマ風呂」という、温泉熱を利用した蒸し風呂(和式サウナ)が、温泉寺境内にある。効能はリュウマチ、冷え性、痛風など。

歴史の宿金具屋0269(33)3131

□小谷温泉(おたり)/長野県北安曇郡小谷村小谷温泉/JR大糸線小谷からバス35分

新潟に近い標高850mに位置する。武田信玄の武将・岡田甚一郎が、弘治元年(1555年)、第二次川中島合戦の年に発見。「現夢の湯」と称され、湯治場として親しまれてきた。泉質はナトリウム炭酸水素塩温泉、泉温は58度。効能は打ち身、骨折、神経痛、火傷など。

あつ湯元熱泉荘0261(85)1241/山田旅館0261(85)1221

□毒沢鉱泉(どくさわ)/長野県諏訪郡下諏訪町社/JR中央線下諏訪駅から車で10分

永禄年間(1558~1570年)、武田信玄が近くで金鉱発掘の際にケガ人の治療に利用した「信玄の隠し湯」と伝えられている。「毒の沢」と呼んで人を寄せつけないように信玄自らが名付けたそうだ。神経痛、筋肉痛、五十肩、運動麻痺などに効能が高く、昭和初期までここで湧出した鉱泉水が売薬許可を受け、販売されていた。泉質は鉄分を含むアルミニウム硫黄塩冷鉱泉、温度は2度。

(旅館)神乃湯0266(27)5526

□小渋湖温泉(こしぶこ)/長野県上伊那郡中川村小渋/JR飯田線伊那大島駅からバス大鹿行き20分

元亀3年(1572年)に武田信玄から開湯許可を与えられ、湯治場として知られていた四徳鉱泉を、現在の高台へ引湯した小渋湖温泉で、現在も武田信玄の湯屋開設許可書が今も大切に保管されている。【「温泉の旅 信玄の隠し湯」から転載 】《武田信玄の隠し湯》は、史実として古文書など歴史資料で確認できる地区もあるが、隠し湯といった性格上、ほとんどが「言い伝え」や伝説の域を出ないものもある。したがって正確な数を把握するのは不可能に近い。そんな中で、長野県上伊那郡中川村の「小渋湖温泉(こしぶこおんせん)」について、村役場に問合せたところ、商工観光課の方から大変、親切に資料の提供をいただいた。 「小渋湖温泉」は、飯田から車で45分の標高730mの山里にある小さな温泉。以前は「四徳温泉」と呼ばれていた。古文書によれば、元亀3年(1572年)伊那谷で山仕事をしていた村人が沢に水を飲みに降りたところ、硫黄の匂いのする湧き水を発見。その地に祠(ほこら)をつくって湯の権現様を祀った。天正元年(1573年)、この山一帯の所有者、諏訪因幡守・湯沢多門之助が、領主・武田信玄宛に「開湯願書」を提出。吟味の後、信玄は馬場美濃守信房(信春)の添え書き付きで、天正癸酉(1574年)2月、開湯許可を出している。 しかし「四徳温泉」は昭和36年(1961年)、中川村四徳地区を襲った未曾有の集中豪雨によって大被害を受け、消滅。その後、高台へ四徳の湯を引き湯して、小渋湖温泉として復活した。(『四徳誌』昭和55年刊、中川村役場商工観光課提供) 胃腸病、皮膚病、冷え性などに効果がある。秘境で山菜、川魚料理、秋には松茸料理も有名だ。単純鉱泉。

小渋湖温泉0265(88)2352

□南沢鉱泉(みなみさわ)/長野県伊那市伊那平沢/JR飯田線伊那市駅からタクシー15分

中央アルプスの麓の山あい、木曾谷と伊那谷を結ぶ権兵衛街道沿いにある秘湯。伊那侵略の際に武田信玄が開いた隠し湯とも、武田家の金山開発時に発見された名湯であるともいわれる。武田家に関係の深い高遠城も近い。泉質は硫酸塩泉で、12~16度の鉱泉だが、湯上りに肌がすべすべになると評判。皮膚病、胃腸病、痔疾、神経痛、リュウマチ、火傷に効能あり。

南沢鉱泉0265(72)2823

□下條温泉(しもじょう)/長野県下伊那郡下條村睦沢/JR飯田線天竜峡駅からタクシー10分

アルプスの山々や伊那谷と天竜川を眺望する下條村に湧く温泉。単純硫黄泉で泉温は29度。効能は慢性皮膚病、切傷、糖尿病など。この地は、武田信玄の妹を妻に迎え、武田軍南進の折、「伊那先方衆」として武功をあげた下條九代目信氏の下條家に由来する土地。下條村に現存する「松源寺」は信玄が建立した寺で、寺宝には信玄の守り本尊・馬頭観音菩薩像があるそうだ。

秋桜(コスモス)の湯0260(27)3545日帰り温泉施設

□医泉寺温泉(いせんじ)/長野県伊那郡喬木村(たかぎむら)/JR飯田線飯田駅からタクシー20分

久寿元年(1154年)、村の薬師堂のそばから霊泉が湧き出て、この水で傷口を洗えばすぐ治り、この水で湯を沸かして入浴すれば病気が治ると評判になり、「医泉寺」と名づけられた。天文23年(1553年)武田軍の三河進出の時代、神の峯城を攻略した際、この湯で負傷兵の傷を癒したと伝わる。800年の歴史を残す「旅館小川乃湯」には、信玄が「天竜川の氾濫に注意せよ」と記した「信玄下知状」が残っている。

 泉温は17度、アルカリ泉。加温。切傷の治りが早く、湯冷めがしにくく身体が温まるそうだ。胃腸病、皮膚病、神経痛などに効能あり。

旅館小川乃湯0265(33)2061

□宝乃湯温泉(たからのゆ)/長野県飯田市下久堅下虎岩/JR飯田線伊那八幡駅から車で5分

神の峯城址や天竜峡に近い。ここも武田信玄の隠し湯と伝わる。泉質は弱アルカリ性炭酸水素ナトリウム塩泉の鉱泉。泉温20度。加温。効能は神経痛、リューマチ、切傷、肩こりなど。

鉱泉旅館宝乃湯0265(29)8017

□鹿塩温泉(かしお)/長野県下伊那郡大鹿村鹿塩/JR飯田線伊那大島駅より大鹿行きバス60分、鹿塩下車徒歩10分

標高750m、南アルプスの麓にある。 伊那谷で最も古い温泉。塩分を含んだ強食塩泉で以前は岩塩の採掘が行われていたところ。近くには、天文二十二年(1553年)、伊那谷全域を統一した武田信玄が、遠州・三河攻略のための軍用路とした「秋葉街道」が走っている。武田軍も大事な塩の調達や兵の休息に温泉につかったとの説がある。

旅館 湯元山塩館0265(39)1010

□矢坪温泉(やつぼ)/長野県上田市真田町傍陽(そえひ)8926/JR長野新幹線上田駅から行くらしい

「信玄の隠し湯」といわれるが、現在は旅館(矢坪館)廃業。

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□白骨温泉(しらほね)/長野県松本市安曇白骨温泉/JR中央線松本駅から直行バスで約2時間 「三日入れば三年風邪をひかない」がキャッチフレーズ。岐阜県境、乗鞍岳の麓(標高1,300m~1,500m)の谷にある温泉。武田信玄が近くの大樋銀山(おおび)開発に伴い、鉱夫たちの傷病や疲労回復に利用したといわれる。大樋鉱山は鉛、金、銀などが産出され、これらの物資は、信濃と飛騨を結ぶ「鎌倉往還」(飛騨街道)経由で運ばれた。泉質は単純硫化水素泉。泉温39.5~43.5度。一部加温。効能は胃腸病、婦人病、肝臓病、神経痛、呼吸器疾患など。歴史ある名湯だけに昨今の入浴剤問題は、まことに残念。 湯元斎藤旅館0263(93)2311

※隠し湯と呼ばれる宿は、一軒宿が多く、旅行会社では予約・手配ができないことがあります。

(写真画像:上は「武田信玄」阿智村長岳寺蔵,中は高野山成慶院蔵、下は甲府駅前)

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コメント

(補足)
《武田信玄の隠し湯》は、史実として古文書など歴史資料で確認できる地区もあるが、隠し湯といった性格上、ほとんどが「言い伝え」や伝説の域を出ないものもある。したがって正確な数を把握するのは不可能に近い。そんな中で、長野県上伊那郡中川村の「小渋湖温泉(こしぶこおんせん)」について、村役場に問合せたところ、商工観光課の方から大変、親切に資料の提供をいただいた。

「小渋湖温泉」は、飯田から車で45分の標高730mの山里にある小さな温泉。以前は「四徳温泉」と呼ばれていた。

 古文書によれば、元亀3年(1572年)伊那谷で山仕事をしていた村人が沢に水を飲みに降りたところ、硫黄の匂いのする湧き水を発見。その地に祠(ほこら)をつくって湯の権現様を祀った。天正元年(1573年)、この山一帯の所有者、諏訪因幡守・湯沢多門之助が、領主・武田信玄宛に「開湯願書」を提出。吟味の後、信玄は馬場美濃守信房(信春)の添え書き付きで、天正癸酉(1574年)2月、開湯許可を出している。

しかし「四徳温泉」は昭和36年(1961年)、中川村四徳地区を襲った未曾有の集中豪雨によって大被害を受け、消滅。その後、高台へ四徳の湯を引き湯して、小渋湖温泉として復活した。(『四徳誌』昭和55年刊、中川村役場商工観光課提供)

投稿: もりたたろべえ | 2006年11月21日 (火) 00時34分

(補足)
□白骨温泉(しらほね)/長野県松本市安曇白骨温泉/JR中央線松本駅から直行バスで約2時間
「三日入れば三年風邪をひかない」がキャッチフレーズ。岐阜県境、乗鞍岳の麓(標高1,300m~1,500m)の谷にある温泉。武田信玄が近くの大樋銀山(おおび)開発に伴い、鉱夫たちの傷病や疲労回復に利用したといわれる。大樋鉱山は鉛、金、銀などが産出され、これらの物資は、信濃と飛騨を結ぶ「鎌倉往還」(飛騨街道)経由で運ばれた。泉質は単純硫化水素泉。泉温39.5~43.5度。一部加温。効能は胃腸病、婦人病、肝臓病、神経痛、呼吸器疾患など。歴史ある名湯だけに昨今の入浴剤問題は、まことに残念。
湯元斎藤旅館0263(93)2311

投稿: もりたたろべえ | 2006年11月22日 (水) 17時02分

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