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風林火山《諏訪御料人》は俗名《梅姫》ではなかったか!?

風林火山《諏訪御料人》は俗名《梅姫》ではなかったか!?

 

Vfsh0192_1 大河ドラマの悲劇のヒロイン、「由布姫」(井上靖)が、以前は「湖衣姫」

(新田次郎)と呼ばれていた。このどちらも《諏訪御料人》に対する大作家の命名だ。「御料人(御寮人)ごりょうにん」とは、身分の高い貴人の妻妾を指す言葉だそうだ。武田信玄によって謀殺された父・諏訪頼重と側室・小見夫人の間に生を受け、ひたすら諏訪家の再興を願い、仇敵・信玄の側室となり、勝頼を産んだ。

 生年は享禄3年?(1530年)で、弘治元年(1555年)没といわれる。武田勝頼が一時、城主をしていた、伊那市高遠町の「建福寺」に《諏訪御料人》の墓があり、高野山の武田家過去帳にも没年は、弘治元年(1555年)と記されているという。しかし、実際の名前はわからない。Photo_112

 建福寺に残る《諏訪御料人》の墓石等から、彼女の法名(戒名)は判明している。『乾福院殿梅巌妙香大禅定尼』という。

 この寺は「大宝山 建福寺(けんぷくじ)」が正式名称で、康元元年(1256)鎌倉の建長寺を開山した高僧・蘭溪道隆大覚禅師が、「鉾持山乾福寺」として

開創した。その後、武田勝頼(1546-1582)が高遠城主となり、中興した。そのため勝頼の母《諏訪御料人》の位牌と墓石が安置されている。さらに武田氏滅亡後は、保科正直が同寺を菩提所とし、寺号(山号)を「大宝山建福寺」と改めた。臨済宗妙心寺派の由緒正しい寺である。

 そこで、戒名から生前の名前を類推することにした。Photo_113

臨済宗の戒名配列を調べていくと、つぎの四つに分類される。

乾福院殿 梅巌 妙香 大禅定尼

■院号:「乾福院殿」最上の尊称とされるのが院号または院殿号である。これは当時の寺号の「乾福寺」に由来することは明らかである。

■道号:「梅巌」これは、生前の雅号画家や書家などが本名以外につける風雅な名)や字(あざな)【中国では名の他に字(あざな)をもち、その人を尊敬して呼ぶ場合に字を用いた呼称】を示す。禅宗に始まる。現代語では「梅岩」と表記。

■法号:「妙香」仏弟子になった事をあらわす名前2文字で、多くは仏典からの出典。(妙と香はそれぞれ仏語にあり)

    位号:「大禅定尼」男女の性別や長幼を示すと同時に、院号と同様にその人の信仰の深さあらわす。女子の最高位?

以上の見解から注目すべきは、道号の「梅巌」である。

『梅』は春の花。『巌(いわお)』は、高く大きな岩の意味がある。《諏訪御料人》が生前、詩歌管絃をたしなみ、この号をもっていたわけではないだろうが、おそらく同時代の武田家関係に「菊姫」や「松姫」が存在したことから考えて、《梅姫》が俗名と考えても不思議はない。

長野県諏訪出身の新田次郎は、諏訪湖に思い入れがあり、「湖衣姫」と名づ

け、一方、井上靖は『風林火山』を執筆した九州の由布院(湯布院)温泉にちなんだ「由布姫」を選んだという。なるほど、「梅姫」よりは、湖衣姫や由布姫の方が語呂がよいかもしれない。ちなみに諏訪湖の小坂観音院にある《諏訪御料人》の供養塔の看板には、両方の呼び名が記されている。

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※写真:(高遠)建福寺と(中)諏訪御料人墓石は「信玄を捜す旅」より、許可を得て掲載
http://www5f.biglobe.ne.jp/~shingen/

※その他、小坂観音院の供養塔ほかは、たろべえ撮影

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コメント

たろべえさん、すごい推理ですね。

それから「ゆふいん」ですが駅名は「由布院」で温泉地名は「湯布院温泉」です。なお観光協会は「由布院温泉観光協会」になっています。
それにしても諏訪湖へゆきたくなりました。

投稿: 現役添乗員 | 2006年12月19日 (火) 12時12分

現役添乗員さん
コメントありがとうございます。

由布姫の本名は「梅姫」というのは、たぶん違うでしょうね。念のため、「こんな仮説はいかがでしょうか?」と高遠の建福寺さんに問合せをしているところです。

 それから、由布院・湯布院の件は、ややっこしい話です。アドバイスありがとうございました。たぶん、実際に添乗していると気になることでね。

投稿: もりたたろべえ | 2006年12月19日 (火) 17時21分

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