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武田信玄に会う 山梨 恵林寺

武田信玄に会う 山梨 恵林寺

 山梨に出張した。今回は三度目の《恵林寺》へ。武田信玄の菩提寺で「えりんじ」という。乾徳山恵林寺は、臨済宗の寺で1330年、有名な夢窓国師によって開かれ、武田の時代には高僧・快川国師(かいせんこくし)によって歴史の舞台に登場する。Ph_156_s

 恵林寺は。四脚門や開山堂、庭園や信玄の墓など、実に堂々とした立派なお寺で格式を感じられる。それ以上に興味深いのが、併設されている「武田信玄公宝物館」である。なかなかすばらしい史料が残っている。

 世間によく知られている、武田軍旗・「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」

【疾(はや)きこと風のごとく、徐(しず)かなること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとし】(孫子の旗)は、

快川国師の筆になるもので、紫の布に金色の文字の現存するのは7本しかないうちの1本だそうだ。Vfsh0306

 さらに信玄が諏訪大社(上社・下社両方)に必勝を祈願したもので、赤字の絹に金泥の文字で書かれた「南無諏方南宮法性上下大明神」の旗(諏訪明神旗)は現物とされる。

 また、ここ恵林寺は武田信玄・勝頼が滅亡後、織田信長の軍により、焼き討ちにあう。その時、快川国師は百余人の僧兵たちと「三門」にこもり、燃え狂う大火の中、焼き殺されてしまうが、以下のような有名な言葉を残している。

「安禅不必須山水 滅却心頭火自凉」

【あんぜん 必ずしもさんすいを用いず、しんとうめっきゃくすれば、火もおのずからすずし】

心安らかに座禅を組めば、たとえ三門を燃え尽くす火の勢いがあっても、山から湧き出る水は必要ない。心から無の境地になれば、燃え盛る炎は、自然と涼しくなり、熱さなど感じえない。そんな意味だろうか。

 たとえこれが後世の作り話であっても、快川国師の立派な姿勢を汚すものではないようだ。甲府周辺には、武田信玄関連の史跡が多く残されている。恵林寺と宝物館は、はずせない。Vfsh0292 ※写真:恵林寺(山梨県観光物産連盟)/孫子の旗ミニュチュア/山梨大型観光キャンペーンの風林火山)

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コメント

恵林寺には、行った事があります。ほとんど記憶が無いのですが、立派なお寺だった事は覚えています。

昔はよく夏の終わりになると、甲府へぶどう狩りに行きまして、近くの名所旧跡など回っていました。ついでに、ぶどう園自家製の葡萄ジュースを買ったり、ワイン工場を回ったり、桔梗信玄餅を買ったり・・・当時は、今ほどどこでもききょうやの信玄餅が買える状態じゃなかったので楽しみでした。

投稿: Cojico | 2006年12月 7日 (木) 22時39分

Cojicoさん
恵林寺は本当に立派なお寺です。私は好きで3回も行きました。今週は、宝物館にはじめて入りました。なかなか収蔵品もいいですよ。心頭滅却すれば火も自ずから涼しい・・なんて境地になるのは大変でしょうね。

 恵林寺は織田軍によって焼き討ちにあいましたが、その後徳川家康により再興されました。信長という男は、破壊主義者でしかありませんね。もっとも新しい歴史をつくるという意味では、彼のように革新的な発想が必要だったというべきでしょうか。

投稿: たろべえ | 2006年12月 7日 (木) 23時25分

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