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2007年2月の10件の記事

京都といえば、《漬物》ははずせない 大好き《千枚漬》

京漬物にはベスト3があるそうだ。「しば漬、千枚漬、すぐき」とのこと。

『しば漬』は、赤じその葉っぱにキュウリ、みょうがに、なすを薄塩と梅酢で漬け込んだもので、そのあっさりした味とやさしい風味がよい。約一ヶ月ほど、漬け込む。たまに訳もなく食べたくなる代物。(一年中、売られている)

『千枚漬』がおいしいのは、断然、冬である。10月から3月頃がシーズンとなる。京都でとれる《聖護院かぶら》を大きなかんなで職人さんが、一枚づつスライスしていく。塩と北海道利尻産の特上昆布を贅沢に使って、じっくり漬け込む。秋に冷え込みがきついほど、かぶらに甘みが増すそうだ。昆布のうまみに添えられた唐辛子もうれしい。千枚漬だけでごはんがおかわりできる。しかしながら「浅漬け」であるが故、賞味期間が短く、すぐ食べないと味が落ちるそうだ。(漬物屋さんの陰謀かもしれないが、120グラム600円近くもするのに、いつも一回でたべてしまう)

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 『すぐき漬』は11月後半から12月に出回る。蕪(かぶ)の一種で京都上賀茂産のものを、塩で漬け込み、ムロで7日間ほど乳酸発酵させる。まろやかにすっぱい味である。

 この他、大根(ゆず大根)、白菜、赤かぶら、日野菜、壬生菜など、秋から冬にかけては『お漬物』のオンパレードである。とくに11月から登場する『ゆず大根』は《ゆず》のやさしい香りと甘酸っぱさが、食欲をそそる。京都駅の売店であまり品定めをしていると、帰りの新幹線に乗り遅れることもあるので要注意のシーズンだ。

 創業100余年の伝統の手法をしっかり受け継ぐ「つけもの」の専門店、大安(だいやす)。私は大安ファンである。好物の千枚漬、すぐきをはじめ、奈良漬、しば漬、ゆず入り大根、赤しそ胡瓜、なの花漬、半割大根などなど、扱い品目は、四季を通じて、100種類以上。旬の味を提供している。

 たかが漬物とあなどってはならない。厳選した国内産の野菜を材料に、化学調味料や保存料、合成着色料、合成甘味料などは一切使わない、無添加にこだわった味と香りを追求。昆布やかつおダシを主体に醤油、醸造酢、みりん、砂糖に塩で味を整える。あとは漬け込む職人の腕次第という。

 最近の研究で漬物には、多くの乳酸菌が含まれ、腸内の雑菌を清掃してくれる働きばかりではなく、ビタミンもつくる。カルシウムの吸収を補助し、発ガン物質の分解にも関わっているそうだ。とくに、漬物菌(乳酸菌)は、発酵乳に含まれる乳酸菌(1グラム中1億個)に対して、数も多く、1グラム中10億個とのこと。お漬物に含まれる乳酸菌でおなかをきれいにすることができるというわけである。

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■大安本店

京都市左京区岡崎南御所町45  TEL:075)761)0281

(写真:町屋づくりの大安本店、千枚漬 ※大安さん承認済み)

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《藤沢周平》に凝っています

庄内(鶴岡)と《藤沢周平》

 「たそがれ清兵衛」や「蝉しぐれ」、そして最近映画化された「武士の一分」などの原作として人気の作家・藤沢周平(1927年~1997年)は、山形庄内の出身である。

山形県東田川郡黄金村(現在の鶴岡市高坂)の農家に生まれた藤沢は、苦学して県立鶴岡中学の夜間部を出て、山形師範学校(現山形大学)に進み、卒業後は地元の中学の社会と国語の教師になった。だが、まもなく肺結核を患い東京の病院で5年間の療養後、業界新聞の記者として数社を転々とする。作家デビューは、ほぼ40歳後半頃といわれ、オール読物新人賞受賞後、1970年直木賞をとり、時代小説家として認められる。

 歴史小説の舞台は、ほとんどが庄内藩をモデルとした「海坂藩(うなさかはん)」である。藤沢の描く物語は、登場人物が英雄でもなく偉大な業績を残したヒーローでもない。名もなき下級武士や体制の中で必死に生き抜く人々に焦点を当てている。どうしても人間として、忘れてはならないものや失ってはいけない大切な心を追求し、多くの作品を世に残したことで知られる。それは、時代小説の枠組みを超え、テレビドラマや映画の映像化によって、ますます人々に共感を与えている。

『蝉しぐれ』

 牧助左衛門の養子文四郎は十五歳である。午前中は居駒塾で経書を学び、午後は石栗道場に通うのが日課だ。初恋の相手、隣家の幼なじみ「おふく」と夏祭りに出かけ、親友たちに冷やかされ、悪童たちには、日頃の秀才ぶりがねたまれ、したたかに殴られたりした。

 平凡な日々が過ぎていくある時、文四郎の父助左衛門は藩に反逆した罪で切腹を余儀なくさせられる。百人町の龍興寺は、耳にひびくほど蝉の鳴き声に満ちていた。文四郎は父の遺体を引き取り世間の冷たい視線の中、荷車を引いて、組屋敷の家まで帰る。

 家の前まで来た時、ふくが一緒に涙を流しながら梶棒を引いて手伝ってくれた。蝉しぐれの中だった。

 そのふくもやがて江戸の藩邸に奉公に出て行った。断絶は免れたが、家禄を減らされ、文四郎は母とともに長屋に移る。さらに剣術と勉学に励んだ。そして父が藩の内紛に関係して切腹せざるをえなかった事情がわかり、次席家老・里村左内から牧家の復縁の沙汰が出る。文四郎は剣の腕を上げ、秘剣村雨の極意を受ける。

 ふくは、そのころ藩主のお手つきとなるが、藩の世継ぎ騒動に巻き込まれ、海坂藩金井村の欅御殿に戻され出産する。(お福となる)里村次席家老一派は、お福母子の抹殺を計画し、その刺客に文四郎を指名するのだった。そのために牧家を復縁したのだ。陰謀を知った文四郎は、元首席家老の助けで窮地を脱し、お福とその子を里村一派から救う。

 二十年後、領内の湯宿で尼になろうとしている「お福」と郡奉行に出世している牧助左衛門(文四郎)は、若かかりし頃の青春時代から抱き続けていた想いを果たすことができた。やはり、蝉が鳴いていた。

「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」

「それができなかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」

「ほんとうに?」

「・・・・・・」

「うれしい。でも、きっとこういうふうに終るのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中・・・・」

しばしの時が過ぎ、お福は

「これで、思い残すことはありません」

(参考文献:山形新聞社編『藤沢周平が愛した風景』祥伝社刊、会話文は『蝉しぐれ』文芸春秋社文春文庫より)

    DVD『蝉しぐれプレミアム・エディション』4,935円税込みSemi_jk

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蕎麦焼酎《吉兆雲海》に はまっています

 原稿を書きながら、深夜、吉兆雲海(きっちょう・うんかい)という蕎麦焼酎のお湯割りを飲んでいます。たろべえは、自分でいうのもおかしいのですが、大酒飲みではありません。でも、飲むことは大好きです。夏はビール(アサヒスーパードライ)で、秋から冬の、鍋のおいしい時期には、日本酒の冷。そして一年中、焼酎は飲みます。

 この間までは鹿児島の小正醸造の《メローコヅル磨》(みがき)を好んで飲んPhoto_15_2 でいました。麦・麦こうじ・米・米こうじを原材料にした「長期貯蔵焼酎」です。黄色みがかった色が特徴でなんとしてもロックと水割りです。まろやかで口あたりの良さは、天下一品です。

 焼酎の飲み方について、世間ではいろいろと薀蓄(ウンチク)をたれる方がいらっしゃいます。一つのこだわりをもっていえば、焼酎のもつ濃厚なコクと香りを楽しむなら、やはり「ロック」でさわやかに味わうのがよいでしょう。しかし、酔いも速いと思います。おいしい水があれば、「水割り」もおすすめです。とにかく口あたりがよく、じっくり酔うことができます。《メローコヅル磨》は、水割りでグイグイが最高です。飲む気になると720mlの瓶が2日でなくなってしまいます。

Kicchounnkai  最近は、宮崎の蕎麦焼酎《吉兆雲海》です。お湯割りです。そばと黒こうじの焼酎ですが、とにかくさわやかで甘みがあります。お湯で温めることにより、原料の香りと風味が調和して、うまみが増すのだそうです。(ウンチク)個人的には、あの強烈なにおいの「芋焼酎」は苦手であります。だから本当の焼酎好きではないかもしれません。

 芋焼酎には、JALファーストクラス御用達の森伊蔵村尾魔王などなど、ブランドものがありますが、どうも手が出ません。麦では、有名な百年の孤独や二階堂の吉四六に幻の中々もあります。蕎麦では、雲海の出しているマヤンの呟き那由多の刻も捨てがたいところです。

 そして自論ですが、入手困難でやたらと高い焼酎には、興味はありません。もちろん、手をかけ、長い間熟成した限定生産のものは、そのうまさによって支持を受けていることは間違いありません。しかし、焼酎は、庶民が気軽に飲めるものでなければならいと思います。

※このブログでネタに困ったときは、お酒の話を書くことにしています。

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蔵王温泉《本物の温泉》

 蔵王温泉の湯量は、1分間に約5,700リットル、一日8,700トンを誇る。家庭用のお風呂の湯量は、平均180リットルだから、蔵王では1分間に32軒のお宅の浴槽を満杯にできる計算。この温泉の湧出量はすごい。5つの源泉群と47の源泉があり、120を超える宿泊施設(約11,000人収容)をもち、「源泉かけ流し」の名湯である。Photo_158

 温泉は強酸性の硫黄泉で温泉街を歩くと、強烈な硫黄臭や湯けむりに囲まれる。効能はいろいろあるようだが、とくに皮膚病にきく。こどもが丈夫に育つ湯ともいわれるし、肌を白くなめらかにする「美肌の湯」ともいわれる。なるほど、蔵王温泉の旅館の女将(おかみ)や気の利いたスナックのママなどは、美人揃いだ。(もっともこれは温泉の効能というより主観の問題かもしれない)Photo_157

 おすすめは「外湯めぐり」だ。宿の外にある共同浴場だが、温泉街には由緒ある外湯が三つ。川原湯共同浴場、上湯共同浴場、下湯共同浴場だ。それぞれに趣きがあり、地元の人たちも利用する。入浴には運営協力金が200円かかるが、観光案内所でお得な「湯めぐりこけし」を購入すれば、35軒の旅館等の温泉を楽しめる。(1,200円で3枚のシール付き。およそ3回入浴可。三つの共同浴場はこけしを見せるだけで入浴可)

 (かなり歩くが大露天風呂も捨てがたい)

 お湯めぐりで小腹がすいたら、名物・玉こんにゃくや稲花餅(いがもち)がよい。蔵王は、そばやラーメンもそこそこうまい。あわてることはない。ここは日本最古の温泉地なのだから。(写真提供:蔵王温泉観光協会、四季・あざやか蔵王温泉)

名物玉こんにゃく
独特の歯ごたえが楽しめる山形の玉こんにゃく。串刺しにして、ぐつぐつと時間をかけて醤油味をしみ込ませた素朴な美味しさは、大人から子供までに愛されるロングヒットテイスト。超低カロリーだから、ダイエットの気になる女性の強い味方。腹持ちも良いし、体もポッカポカ。からしも利いて美味しい。

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蔵王名物 稲花餅(いがもち)
一口サイズの可愛い稲花餅は、もち米とうるち米を練った餅の中に餡を入れ、天然の熊笹の葉に乗せた蔵王温泉の名物。その昔、蔵王権現へ豊年万作を願い捧げた笹に包んだ重ね餅や稲の穂に由来するのだとか。Photo_156

(資料提供:蔵王温泉観光協会、蔵王国際ホテル・神原副社長)

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そば喰いねぇ《善光寺 藤木庵》

 善光寺へ行ってきた。東京はポカポカ陽気なのに、なぜか、長野は午後から吹雪。

こんな時は、温かいそばだ。(本当のそば通は真冬でももりそばなのだろうが)

Vfsh0099 今年、善光寺は本堂再建三百年である。これを記念して様々なイベントがある。いまの時期は「長野灯明まつり」といって、国宝善光寺などがライトアップされている。また門前のおそば屋さん13軒が、『門前そば屋のそば食いねえ』というスタンプラリーをやっていた。(別に記念行事ではなくても、そばを食したが)

さて、今回は門前、大門の《藤木庵》へ。創業は江戸時代の文政10年(1827年)というから180年前からの店だ。本当は、「ごくらくそば」(もりそばをとろろ汁とくるみ汁の2種類につけて食べる二段もの)が名物。しかもそばには、「十割そば」、「粗挽きそば」と「二八そば」の三種類がある。おまけに玄そば(材料)は、純国産・黒姫の霧下そば(長野県信濃町産)を使い、つゆは、「かえし」に保存料無添加の濃口醤油を使って十分に寝かせ、鰹の二年もの本枯節と利尻産天然昆布とあわせた「出汁(だし)」でつくる。こだわりのそばである。Image18116_1

寒いので天ぷらそば(950円)を所望する。喉(のど)ごしがよく、風味が楽しめる二八だ。(十割そばは、つなぎがない分どうもボソボソするので、あまり好まず)

さくさくのエビと大葉の揚げたて天ぷら。もちろん八幡屋の七味は欠かせない。うまい。つゆの甘みもよい。決して辛くなく醤油のくせもない。江戸時代から門前で商売を続ける実力というもの。Vfsh0097

        門前そば処 藤木庵

        長野市大門町67番地

        TEL:026(232)2531

        営業時間/10:30~17:00

        定休日/毎週木曜日(祝日は除く)

※そばの通信販売もやっているhttp://fujikian.co.jp/menu.htm

(写真はたろべえ撮影、ごくらくそばは、同店のHPから転載)

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閑話休題《星野君の二塁打》

《星野君の二塁打》

 はるか昔のことで、記憶が定かではないが、中学一年の時、「道徳」の授業があった。ある時、「星野君の二塁打」という教材があった。

 うろ覚えだが、1アウト、ランナー1・2塁。打順は星野君。監督のサインは送りバントだ。それまで2打席、まったくいいところがなかった星野君は、なんとかいいところを見せたいと思っていた。ちょうど打ちごろの絶好球がきた。星野君は、思わず強打した。2ベースヒット。味方のランナーは、2塁から生還。この1点で星野君のチームは試合に勝った。

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 だが、ベンチで監督は、星野君を呼び、たまたま試合には勝ったが、バントのサインを無視したことから次の試合のスタメンをはずすことを厳命した。

 これは「道徳教育」という教えの中では、「集団の中の個人の役割」とか「集団の存在意義」とか「集団のルール」などという視点から、指導・教育の教材だ。

 教師の模範的な答は、「監督の指示をみんなが、もし守らなかったら、どうだろう。個人個人が好き勝手にやったら、集団生活は成り立たない。各自が自覚と責任をもって自分の役割を果たす。チームプレーが必要だ。たまたま試合に勝っただけのことであって、星野君の監督のサインを無視したプレーは、許されることではありません。」

 監督の指示である「バント」は、まさに自己を犠牲にして、集団であるチームの勝利に貢献するための方法だ。送りバントをして、アウトを一つふやしても、ランナーを3塁に送り、次のチャンスのヒットで本塁に迎え入れる作戦。しかし、実際にバントが成功して、次打者がタイムリーヒットを打つかどうかはわからない。

 野球を経験したことがある人なら、このスポーツは「結果論」だということは明白だ。とにかく試合に勝てばよい。いい試合だった、あともう一歩だった、ついていなかった、といったところで、負けは負けである。(フェアプレーはもちろんだが)

 だから星野君が、思わず打ってしまっても、彼の一打で、試合に勝ったわけだから、(野球というスポーツは、結果で)評価されるスポーツのはずである。

 まさかいまでも同じような教材は使っていないだろうけれども、あまりよい教材ではないと思う。(イラスト:たろべえ)

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平安時代のスーパースター陰陽師《安倍晴明》

 最近、小説に映画やアニメで話題になった《安倍晴明あべのせいめい》ゆかりの地が京都に残っている。晴明は、平安時代中期、国家専属の占星術師として活躍したといわれる。古代中国で確立した「陰陽道(おんみょうどう)」は、森羅万象を読み、未来を予見し、人事百般の行く末を占う思想であった。とりわけ安倍晴明は、天文道に精通し、吉凶の占いから始まり、その博識とパワーによって数々の奇蹟を起こし、時の権力者・藤原道長を救った活躍などが、「今昔物語」や「大鏡」に記されている。Photo_153

 晴明が自ら考案した霊力にあふれる神紋「セーマン」は、いまでも「晴明神社」でお守りとして人気が高い。セーマンとは、陰陽五行 をイメージして、宇宙万物すべてからの災いを除き、清浄することができる、魔除けの呪符といい伝えられている。

(セーマンは「五芒星(ごぼうせい)」または「晴明桔梗印」ともいわれ、家紋にもなっていた。それゆえ、セーマンは陰陽道で最強の魔除けのお守りといわれる。)Photo_151

 陰陽道では、北東の方角に住む鬼が出入りする門を「鬼門」といい、忌み嫌っていた。都の鬼門には比叡山延暦寺、鞍馬寺、そして貴船神社を配置したことは、よく知られている。さらに京都御所から鬼門の方向に、安倍晴明は自分の邸宅を構え、時の天皇への邪悪な鬼の出入りを防いだという。(現在、京都ブライトンホテルが建つあたり。京都市上京区中立売)

    清明神社 京都市上京区堀川通一条上ル806

なお、大阪氏阿倍野区には「安倍晴明神社」があり、名古屋市千種区にも「晴明神社」がある。

※「安倍晴明画は京都晴明神社蔵、セーマンはたろべえ作)

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京都は風水都市《平安京》

 国際観光都市、京都は、794年桓武天皇の時代に「平安京」として造営された。この都が、当時の国家プロジェクトとして、「風水」による方位学によって選ばれた吉相の場所であったといわれている。

 風水では「四神相応(ししんそうおう)」といって、東西南北にそれぞれ神を配置する。四方を守護する神は、聖獣という。(地図はクリックで拡大Photo_150

東/青龍 大河(川)を表す「豊かな川の流れ」

西/白虎 大きな道路を表す 「幹線道路の存在により交通の便がよい」

南/朱雀 広い平野、湖、大海原を表す 「広大な平野・海により開かれ視界」

北/玄武 山を表す 「山や丘陵地帯」

 東(青龍)は鴨川を指す。「鴨川」は、桟敷ヶ岳(さじきがたけ)に源を発し、京都市東部を流れる全長35キロの川で桂川に注ぐ。高野川との合流点から上流を『賀茂川』、下流を『鴨川』と書く。1_8

 西(白虎)は、五畿七道の山陽道山陰道を指す。前者は、現在の兵庫県から山口県へ抜ける中国地方瀬戸内海側の街道であり、後者は北近畿から島根県へ続く日本海側のルートであった。1_9

1_edited  南(朱雀)には、かつて巨椋池(おぐらいけ)があった。京都市の南の伏見区や宇治市にまたがる場所だ。琵琶湖から流れ出る唯一の河川である宇治川が、京都盆地に流れ込む最も低いところに位置しており、広大な遊水池を形成していた。古代から中世は、水上交通の中継地として大きな役割を果たした。

 北(玄武)は、船岡山鞍馬山を指す。紫野(船岡山から大徳寺周辺一帯)に横たわる丘陵が船岡山。東西200m、高さ112mで山というより岡である。その姿が船の形に似ていることから「船岡山」と名付けられたそうだ。船岡山は、平安京の中心軸「朱雀大路」の延長線上にあることから、平安京造営の基準点と考えられている。1_10

 都の北東の方角に、邪悪な怨霊、悪霊などが出入りする「鬼門」があるが、平安京では、比叡山延暦寺や都近くでは、鞍馬寺と貴船神社を配置して、鬼門封じとしたそうだ。

 観光客に人気の「清水寺」は、東の守護神・青龍に関連した場所で、「龍の穴」と呼ばれ、清水の舞台が龍の腹の上にあたり、本堂も龍のパワーを受け、気のたまり場として安定した場所なのだそうだ。

 ちなみにこの平安京は、明治になるまで都であり続けたわけで、風水によって造営された都市計画が1,000年以上も存続したことは驚異的である。

(四神の絵は、錦糸町の中国料理店「鳳竹園」のマスター王さん提供)

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受験生パック 冷たい視線 《くじら しお ふかず》

 浪人時代に四国の高知大学を受験した。すでに私立大学に合格していたので、言い方は悪いが、はじめての「物見遊山」の旅だった。池袋の旅行会社で、受験生パックを申し込んだ。往復のJR代と2泊の宿泊代、それにお弁当もつく。

Hotel  高知の○○ホテルは、大きな規模で、行ってみると男3人の相部屋だった。もちろん同じ大学を受験する人ばかりで、自分と同じく東京周辺の受験生だ。試験前日は、みんなで受験会場の下見に行く。高知市内から土佐電鉄の路面電車に30分乗る。人文学部と教育学部があるのは、朝倉という場所だ。市内から離れた郊外である。

 宿に戻り、入浴、夕食を終え、明日は試験だと早目に床についた。どうも宴会場の上の部屋だったのか、やけに騒がしい。あとで知ったことだが、高知の宴会は、半端ではない。はちきんさん(コンパニオン)を呼び、野球拳やら何やら大騒ぎ。酒・焼酎もたらふく飲むし、高知の郷土料理「皿鉢料理(さわちりょうり)」(大きな皿に刺身などを盛り合わせた宴席料理)もボリュームがすごい。Photo_147

 とうとう夜中まで大騒ぎだ。仕方がないのでフロントに電話をかけ、しばらくしてやっと宴会もお開きになった。しかし緊張感もあり、一度、目が覚めてしまうと寝付けないものだ。それじゃあ、寝酒にということで(私以外は都内の現役高校生と横浜の浪人生だったが)冷蔵庫のビールを飲む。Photo_148

 試験当日。完全に寝不足だ。それでも朝倉駅まで路面電車に揺られ到着。試験会場の教室に入ってびっくり!!。なんと受験生は、ほとんど学生服だ。いろいろな種類の詰襟(つめえり)だ。女子学生もセラー風な学生服だ。しかも校内には、付き添い父兄の控室まで用意されている。それから地元受験生の髪型も短く刈られたスタイルが多い。私は長髪で無精ひげをはやし、Gパンにとっくりセーター。まるでエイリアンだった。Tsumeeri

 試験の休み時間、廊下の灰皿のところで(自分は、まだ、未成年だったが)タバコを吸っていたら、学生服の地元受験生たちから白い目で見られた。そうか、ほとんどが田舎の現役高校生なのだ。いあや、もしかすると受験の時は学生服が定番?これって決まり?都内の六大学を受験すると、浪人生が多いせいか、みんな廊下でタバコを吸っている。別にとがめられることもなく、冷たい視線を感じることもない。

 こんな環境で2日間、試験を経験。結果は、「くじら 汐(しお) 吹かず」(不合格の)電報が届いたのは、いうまでもない。(イラスト:たろべえ)

※30年以上も前の話。Kujira_1

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《七味唐からし》八幡屋礒五郎の川中島缶

 全国から参拝者の絶えない、長野は善光寺の表参道手前に、「八幡屋礒五郎(やはたやいそごろう)」の店がある。善光寺土産の一番人気は、ここの七味唐がらしである。

 赤と金色のブリキ製で筒型の小さな缶で「名物七味」の文字と善光寺の絵柄。そば処信州にあって、八幡屋は江戸時代の元文年間1736~1740年)の創業だから、すでに約270年の歴史をもち、善光寺名物の中でも最古のものといわれている。

 当初、善光寺の正月行事の際に、精進料理の引き立役として、その彩りがもてはやされた「唐からし」は、次第に食欲不振や消化不良に効く健胃剤(薬)として、調合されるようになった。なるほど「薬味」なのだ。成分は、唐辛子(蕃椒ばんしょう)、ショウガ(白薑はくきょう)、しそ、山椒、陳皮(ちんぴ:みかんの乾燥皮)、ゴマ、麻の実の「七味(7種類)」だ。

 江戸(東京)で有名な薬研堀本舗の七味は、生唐辛子とけしの実が味のポイントだが、八幡屋礒五郎は、辛さと香りのバランスと体をあたためる作用のショウガが入っている点が雪国・信州ならではである。Photo_145

 最近、この八幡屋礒五郎から中辛《川中島缶》が発売になった。善光寺の絵柄を川中島合戦の絵柄に換えた新バージョン。武田信玄、上杉謙信に加え、武田軍の軍師・山本勘助も描かれている。17グラム、400円(税込み)とお手頃価格だ。

 豆知識だが、八幡屋の唐がらし缶で唐がらしの絵の房の延長上に、ふりかける穴があいている。

     善光寺名物 七味唐がらし

     店舗 八幡屋礒五郎 善光寺大門町御高札前(大門町店)

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