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京都は風水都市《平安京》

 国際観光都市、京都は、794年桓武天皇の時代に「平安京」として造営された。この都が、当時の国家プロジェクトとして、「風水」による方位学によって選ばれた吉相の場所であったといわれている。

 風水では「四神相応(ししんそうおう)」といって、東西南北にそれぞれ神を配置する。四方を守護する神は、聖獣という。(地図はクリックで拡大Photo_150

東/青龍 大河(川)を表す「豊かな川の流れ」

西/白虎 大きな道路を表す 「幹線道路の存在により交通の便がよい」

南/朱雀 広い平野、湖、大海原を表す 「広大な平野・海により開かれ視界」

北/玄武 山を表す 「山や丘陵地帯」

 東(青龍)は鴨川を指す。「鴨川」は、桟敷ヶ岳(さじきがたけ)に源を発し、京都市東部を流れる全長35キロの川で桂川に注ぐ。高野川との合流点から上流を『賀茂川』、下流を『鴨川』と書く。1_8

 西(白虎)は、五畿七道の山陽道山陰道を指す。前者は、現在の兵庫県から山口県へ抜ける中国地方瀬戸内海側の街道であり、後者は北近畿から島根県へ続く日本海側のルートであった。1_9

1_edited  南(朱雀)には、かつて巨椋池(おぐらいけ)があった。京都市の南の伏見区や宇治市にまたがる場所だ。琵琶湖から流れ出る唯一の河川である宇治川が、京都盆地に流れ込む最も低いところに位置しており、広大な遊水池を形成していた。古代から中世は、水上交通の中継地として大きな役割を果たした。

 北(玄武)は、船岡山鞍馬山を指す。紫野(船岡山から大徳寺周辺一帯)に横たわる丘陵が船岡山。東西200m、高さ112mで山というより岡である。その姿が船の形に似ていることから「船岡山」と名付けられたそうだ。船岡山は、平安京の中心軸「朱雀大路」の延長線上にあることから、平安京造営の基準点と考えられている。1_10

 都の北東の方角に、邪悪な怨霊、悪霊などが出入りする「鬼門」があるが、平安京では、比叡山延暦寺や都近くでは、鞍馬寺と貴船神社を配置して、鬼門封じとしたそうだ。

 観光客に人気の「清水寺」は、東の守護神・青龍に関連した場所で、「龍の穴」と呼ばれ、清水の舞台が龍の腹の上にあたり、本堂も龍のパワーを受け、気のたまり場として安定した場所なのだそうだ。

 ちなみにこの平安京は、明治になるまで都であり続けたわけで、風水によって造営された都市計画が1,000年以上も存続したことは驚異的である。

(四神の絵は、錦糸町の中国料理店「鳳竹園」のマスター王さん提供)

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コメント

 ブログみました。何回か京都旅行をしているうちに、平安京の時代に興味が持ちました。地形から風水によって守られている。そして、今まで都が点々と映っていたが、平安京は1,000年の都として栄えた。風水の力を信じたくなりました。

投稿: クラ | 2014年11月30日 (日) 19時29分

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