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熊野古道《中辺路》を行く

 平安時代から中世にかけて、熊野は信仰の地であった。本宮・新宮・那智の三山は、阿弥陀様の極楽浄土に行くための、聖地だ。上皇や貴族、そして庶民にいたるまで多くの人々が熊野に参詣した。Vfsh0040_1

 今年三月、和歌山県の主催する首都圏旅行エージェントの現地研修に参加し、熊野古道を歩いた。コースはもっとも有名な《中辺路なかへじ》の滝尻王子から、急な山道を行く高原熊野神社までの、ほんの4㎞弱、約1時間半ほどだったが、結構きつい。まだ寒い日であったが、うっすらと汗をかく。

 うれしいことに県の招聘事業のためか、「語り部」という現地ガイドが同行し、植物や山の花の説明をしていただける。平安から鎌倉・室町時代頃の面影を残す古道もあるが、世界遺産に登録されて以来、整備され、新しく植林された杉や桧の林は、道も固く歩きにくい。昔からの道は、木々の落ち葉が腐葉土となり、やわらかく足にやさしい。Vfsh0051_2

 『熊野詣』は平安時代、京の都の上皇や貴族達によって始まったそうだ。熊野三山へ向かう経路は、大きく分けて「紀伊路」と「伊勢路」があった。さらに紀伊路は、「大辺路」、「中辺路」、「小辺路」と別れ、和歌山県の田辺から東の山中を進むルートが、中辺路である。

 都から熊野まで途中には、道しるべのように『九十九王子』があった。いまも残る「王子」とは、熊野権現の子神や地元の鎮守様をはじめ、あらゆる神仏をまつる祠(ほこら)である。平安後期の正式な上皇の熊野詣ででは、この王子で、神様へのお供えをしたり、経をよんだりした。また、神楽をはじめ、舞も奉納。和歌の歌会も開いた。場所によっては、宿泊(仮泊)することもあった。実際には、王子は80箇所以上はあったようだが、「九十九」とは、数が多いことをいう。

 今回の『滝尻王子』は、しっかりした社(やしろ)が建つ、由緒ある場所だ。もちろん歩いたあとは、温泉である。苦行の果てに現世利益だ。湯の峰温泉はおすすめである。小栗判官ゆかりの「つぼ湯」も残る。また近くの川湯もよい。雰囲気がある。

 今回、我々が宿泊したのは、温泉情緒はないが、西日本最大の露天風呂をもつ「わたらせ温泉」。料理もよし、従業員のマナーもよい。もちろん、大きな大きな露天風呂は忘れられない。本宮大社もすぐ近い。

(※写真:滝尻王子、高原熊野神社 たろべえ撮影)

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