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《高野山を歩く》

 高野山は、いわずと知れた真言宗の大本山・金剛峯寺(こんごうぶじ)や大伽藍が有名だ。それから奥の院(弘法大師御廟)に通じる参道には、中世から江戸時代に日本全国の大名が建てた武将の墓や供養塔が集中している。

 一の橋から奥の院までの焼く2キロの平坦な道だが、武田信玄と勝頼の供養塔が、参道をはさんで上杉謙信の墓廟(びょう)と対面しているのも、まさに川中島のようだ。

 これらの供養塔は、「五輪塔」が多い。古来インド思想では、すべての源、宇宙を構成する五大要素(元素)の考え方があった。五輪の上部から下部への五つとは、つぎのような意味をもつ。Vfsh0026_1

宝珠形:空輪

半月形:風輪

笠・屋根形:火輪

円形:水輪

方形:地輪

 このインド思想が、密教に受け継がれている。とくに鎌倉時代以降、江戸時代まで、この五輪塔を墓石や供養塔として、その人の生きた宇宙観をあらわすもとして、表現したようだ。

 ちなみに、五つの石は、それぞれ梵語(ぼんご)での発音がある。

空輪:キャ

風輪:カ

火輪:ラ

水輪:バ

地輪:ア

(写真:たろべえ撮影、苔むした五輪塔、高野山にて)

Vfsh0034_4   

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コメント

たろべえさん

高野山には行ったことはありません。どっちかと言えば熊の古道ですね。大変失礼ですが最近のたろべえさんの記事は年寄りくさいですね。まあ勉強にはなりますが。
だけどどうして高野山には全国の武将や大名の墓がたくさんあるのですか。教えてください。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2007年3月20日 (火) 19時33分

通りすがり様

 ご来館ありがとうございます。
最近の話題は「年寄くさい」とのご指摘、まさにそのとおりかもしれません。

 さて、高野山のたくさんのお墓や供養塔の件ですが、ここはやはりお大師様の聖地であり、諸国の大名からも特別な存在であったこと、それから江戸幕府が、諸国に命じて、豪華な供養塔を建てさせ、経済的な負担を強いることにより、力をつけていた大名たちの力をそぎ落とす目的があったようです。

 今後は、もう少しブログのネタを考えます。

投稿: もりたたろべえ | 2007年3月22日 (木) 13時45分

はじめまして。
私も高野山は三度行ってきました。宿坊に泊まって両親の供養にとお参りして回っただけですが。奥の院で両親の戒名を書いてもらった塔婆を供え(?)ました。御廟の前では落ち着いた心持ちになったものでした。
三鈷の松の落ち葉は大切に持っています。

奥の院に供養塔が在る理由ですが、あの地に弥勒が現れると伝えられているから、とも聞きました。
キリンビールの会社製供養塔(?)があったりしてちょっと驚いちゃいますね。

私も勉強になりますので、年寄りくさいのも時々はお願いします(笑)

投稿: august | 2007年3月26日 (月) 05時49分

augustさん

コメントありがとうございます。

 確かに高野山奥の院の参道に、キリンビールの会社の供養塔がありました。

確かに杉の大木が林立して、苔むした五輪塔がならんでいて、弥勒菩薩が出現しそうな雰囲気です。

 私は、「姿見の井戸」が印象的です。井戸をのぞいて、自分の顔が見えないと、3年以内に亡くなるそうです。自分の顔は、はっきりみえましたが。年配の方々は、この井戸をのぞく時。メガネを落とす人が多いそうです。かなり深い井戸です。

投稿: もりたたろべえ | 2007年3月26日 (月) 21時01分

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