« 《ジョン万次郎あれこれ3》 | トップページ | 西欧美術紀行 南仏アルル ゴッホの《夜のカフェテラス》 »

《ジョン万次郎あれこれ4》

書評『中濱万次郎 -「アメリカ」を初めて伝えた日本人―』続

 他の万次郎の伝記本では、あまり触れられていない「末裔たち」の章も興味深い。

ジョン万次郎こと中濱万次郎は、1827年(文政10年)土佐、いまの高知県土佐清水市中ノ浜で生まれ、1898年(明治31年)、71歳で亡くなった。子孫は、ご健在である。

万次郎の長男、(2代目)中濱東一郎氏は東大医学部で森鴎外と同期。ドイツにも留学し、福島医学校校長、岡山県医学校教授、金沢病院長、初代東京市医師会長などを歴任した。3代目は中濱清氏で、4代目が名古屋大学医学部を出てスペインマドリッド大学に留学した医師。5代目は、女ばかりで中濱圭さん、京さん、文さんの3姉妹。しかもこの3姉妹は、みんなアメリカへ留学している。

さらに、すばらしいことには、いまでも万次郎直系の子孫の方々は、万次郎を救助した捕鯨船船長の助けたホイットフィールド船長直系の子孫や万次郎達をホノルルで援助したデイモン牧師の子孫との交流が続いているそうだ。万次郎から始まったこの歴史は、鎖国もあり、日米が戦った第二次世界大戦もあった。現在まで160年以上5代目にまで及ぶ両家の固い絆、深い絆である。

英語ではあるが、アメリカのManjiro Society(万次郎協会)のホームページをみると、John Manjiroの生涯や偉大な業績を詳しく紹介している。

http://www.manjiro.org/manjiro.html

Photo_166

|

« 《ジョン万次郎あれこれ3》 | トップページ | 西欧美術紀行 南仏アルル ゴッホの《夜のカフェテラス》 »

にっぽん海外交流史」カテゴリの記事

コメント

5代目の中浜圭さんと、小学校で同級生(同じクラス)でした^^その時、家に遊びに行きジョン万次郎の「鎧かぶと」を見せてもらったことを覚えています。なつかしいです。

今彼女はどこにお住まいなんでしょうか??名古屋じゃないですよねえ。私は当時のまま名古屋に在住です。知っていらっしゃる方がおられましたら是非教えてくださいませ。。

投稿: 星ヶ丘 | 2013年11月13日 (水) 02時22分

星が丘さん、コメントありがとうございます。
 中浜圭さんと同級生とは、すばらしい。この3姉妹は、みな秀才だとおききしています。
残念ながら、その後の消息は不明です。

投稿: もりたたろべえ | 2013年11月13日 (水) 09時33分

とおりすがりの者です。

中浜圭さんはご結婚されて、いまは小西圭さんとおっしゃり川崎市に在住だと思います。
11月に雑司ヶ谷霊園で開催されたジョン万次郎忌でお目にかかりました。

投稿: いずみ | 2013年12月 3日 (火) 10時44分

いずみさん、貴重なコメントありがとうございました。
 ジョン万次郎さんの流れは、脈々と続いているのですね。私は中浜圭さんの写真しか見たことがありませんが、きれいな方です。

投稿: もりたたろべえ | 2013年12月 3日 (火) 13時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177442/14992710

この記事へのトラックバック一覧です: 《ジョン万次郎あれこれ4》:

« 《ジョン万次郎あれこれ3》 | トップページ | 西欧美術紀行 南仏アルル ゴッホの《夜のカフェテラス》 »