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日本の旅券第一号《隅田川浪五郎》

   江戸幕府は、老中布告を出し幕末の慶応2年(1866年)4月から、庶民に海外留学生や商人のための海外渡航を許可することとした。徳川幕府は、長く続いた鎖国政策を列強の外圧によって、解かざるをえなかったわけである。(海外渡航差許布告) いまでいう旅券(パスポート)は、当時「印章」、「旅切手」、「免許」、「免状」などと呼ばれていたそうだ。外務省の外交史料館に残る、日本で最初の旅券取得者は、江戸時代の手品師・《隅田川浪五郎:すみだがわなみごろう》である。おそらく浅草あたりで人気の芸人だったのだろう。アメリカ人興行主・リズレーに勧誘され、曲芸師のチーム『日本帝国一座』を組み、アメリカやパリ万博のヨーロッパでの海外公演をするための海外渡航であった。【幕末期の「続通信全覧」に浪五郎に発給された印章の写しが記載されている。正確には「海外行御印章」という。】 Photo_167  この「印章」つまり旅券には、写真がない。いわば人相書のように浪五郎の特徴が記載されている。注目すべきは、真中に『日本政府許航侘邦記』の朱印が押印されている。

■江戸、神田相生町 源蔵店浪五郎(神田相生町、いまの秋葉原周辺に住む)

■年齢 37歳

■身の丈 五尺(身長 151.5cm、江戸時代の平均身長は、男子155~157cm)

■眼 中之方(目は中くらい) ■鼻 高き方(鼻は高い) ■口(くち) 中之方

■面 細長方(面長おもなが、細おもて)  

   そしてこの旅券の末尾には、慶應2年10月17日付で外国奉行の幕府の日本外国事務方が、つぎのように記述している。 (写真:上/外交史料館、下/フランス「ル・モンド紙1867年11月23日」、河合勝コレクション)

「書面之者亜国に香具渡世として相越度旨願に因て此証書を与へる間、途中何之国にても無故障通行せしめ、危急之節は相当之保護有之候様、各国官吏へ頼入候)」書面の者・隅田川浪五郎は、亜国に香具渡世(やしとせい)として、あいこしたきむね、願いによりてこの証書を与える間、途中いづくの国にても故障なく通行せしめ、危急の節は相当の保護これあり候よう、各国官吏へ頼み入り候

   この書面の者は、アメリカ合衆国に行き、香具(やし:見世物などの大道芸人)として渡世(とせい:芸人稼業での生活)をおくるため、渡航したいと願い出たので許可書を出す。各国の役人様方、旅行中、支障のないよう、事故のないように保護していただきたい。(実際の旅券の左端には、英文でもこの趣旨が短く手書きさえている)  結局、浪五郎一座は、隅田川一家5名(妻と息子、妹、同居人男性も同行)、足芸の浜碇(はまいかり)定吉一家7名、曲コマ回しの松井菊治郎一家5名に一座のマネージャー役・高野広八の合計18名団体で、横浜から船で西海岸へ渡り、サンフランシスコとニューヨークで公演をおこない大成功。引き続き、ヨーロッパ各地に巡業し、2年4ヶ月半後に帰国した。旅公演の途中、妙な色恋沙汰もあったようだ。このあたりはつぎの機会に。 (参考:外務省外交史料館蔵、『続通信全覧』、『海外行人名表』) Photo_169

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コメント

パスポートのはじめて物語たのしく拝見しました。人相書きは面白いですね。私だったら目小さき方・鼻中之方・口数少なき方です。たろべえさんは旅行代理店の仕事だからこういったネタに詳しいのですね。感心します。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2007年5月18日 (金) 14時11分

通りすがりの旅人さん

ありがとうございます。この旅券の話を書くにあたっては、実際に六本木の外務省外交史料館に行ってきました。係の方が大変、親切で必要な資料(書籍)を申請用紙に記入して待っていると、すぐ書庫からさがし出してきてくれました。

 外交史料館では、閲覧室で読むだけですが、必要ならばコピーもできます。それにしても、「海外行人名表」は複写版なのですが和とじの本になっていて、第一号アメリカ行き、○○○浪五郎以下、名前が毛筆で記入されています。

 仕事がら国交省や外務省のホームページはよく見ているので、旅券ネタは前から書きたいと思っていました。

投稿: もりたたろべえ | 2007年5月18日 (金) 14時42分

面白い話、ありがとうございます。

凄いですね。150センチ前後の日本人数名がヨーロッパ各国を回り、大道芸人として活躍していたとは・・・
このル・モンドの内容、読んでみたい気がします。

外務省にこのような古い書類も残っているのですね。また、そこにまで足を運んだたろべえさんの態度にも頭が下がります。

ニューヨークのエリス島へ行ったとき、展示室でこれに似た日本人の旅券を数枚見ました。

今撮ってきた写真を見てみましたら、明治25年発行でして、熊本の人物が、商業の為、カルフォルニアのオークランドに行く予定だったようです。

真ん中の朱印は、字体は異なるものの同じで(回りに装飾がなされている)、写真は無く、雰囲気的には同じような感じです。

きっと大変な旅だったでしょうね。

投稿: Cojico | 2007年5月24日 (木) 23時52分

Cojicoさん

コメントありがとうございます。
日本の公式旅券第一号の話、気にいっていただいてありがとうございます。

 外交史料館は、六本木からも近いので、しかも入館は無料です。なかなか興味深い展示もあります。もし、美術館めぐりのついでがあったら、立ち寄ってみてください。

 いま「日本海外交流史」といった視点で、幕末を中心に諸外国へ出ていった人々の足跡を調べています。

投稿: もりたたろべえ | 2007年5月25日 (金) 00時18分

はじめまして。
本日発売の集英社の漫画雑誌スーパージャンプの連載漫画「仁」にて浜碇定吉が登場しました。
この漫画は、幕末にタイムスリップした外科医の物語で、私のお気に入りの一つです。
この漫画には、実在した、或いは架空の様々な人が登場しますので、その人が実在の人物かどうかネットで検索するのも楽しみの一つです。

投稿: どどんご | 2008年12月24日 (水) 21時38分

どどんごさん

コメントありがとうございます。幕末の曲芸団が漫画に登場ですか。なかなか興味深いですね。浜碇定吉一座のことは、私も調べたことがあり、ブログにも書いています。ご参照ください。

投稿: もりたたろべえ | 2008年12月25日 (木) 13時21分

よく調べたね

投稿: 神奈川県警察本部長 | 2011年9月13日 (火) 23時13分

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