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《海を渡った幕末のプリンス》徳川昭武の滞在ホテル

 当時としては、最高級のホテルに昭武は滞在した。パリでは「ルグラン」であり、ロンドンでは「クラリッジ」であった。

インターコンチネンタル・パリ・ルグランINTERCONTINENTAL PARIS LE GRAND

オペラ座の正面に建つ「ルグラン」は、花の都パリの中心にある。ナポレオン3世が統治していた第二帝政時代の1862年、建築された。パリでは1867年万国博覧会が開催さることもあり、世界中からの招待客のために皇帝ナポレオンが賓客をもてなす目的で建設の指示を出したといわれる。それから140年後の2002年、二年の年月をかけ大改装工事がおこなわれたが創業当時の姿を今に残している。5星の最高級ホテルである。個人で宿泊する場合、最低でも1泊500ユーロ(約78,400円)、ジュニア・スィートでは1000ユーロ(約16万円)。470室。Photo_189

Photo_187

 私は泊ったことはないが、館内を見学したことがある。シャンデリアと豪華なじゅうたんのロビーは、息をのむ。パリを代表するレストラン「カフェドラペ」の店内は、天井画、柱、壁画など第二帝政時代のものがそのまま残されており、驚く。

クラリッジCLARIDGE’S

ロンドンのメイフェア地区に建つ最高級ホテル。世界各国の国家元首やVIP、イギリスの王室御用達である。貴族の館風の優雅な内装や伝統的な英国調の客室など、重厚さがある。個人料金では1泊479ポンド(約12万円)からスィートで同1500ポンド(約37.5万円)だが、オフ・シーズンなら5万円から7万円のグループレートがあるようだ。 地下鉄「ボンドストリート」徒歩2分でハイドパークやOxford Street、Bond Streetにも近く、ショッピングにも便利。197室。

 クラリッジホテルの前身は、1812年開業のミルバート・アパートメントであった。ジェイムス・マイバート       (James Mivart)が長期滞在者用に建てたホテル(アパート)が起源となる。1838年頃、マイバートはロンドン市内ブルックストリートの5軒の家屋のある土地を買い集め、大きなホテルを建設するための敷地を確保した。1851年第一回万国博覧会がロンドンで開催され、マイバートのホテルは、ロシア皇帝アエレキサンダーやオランダ王・ウィリアム3世をはじめ、各国の貴賓たちの宿舎となった。やがて1854年、70歳台となったマイバートはホテル業から引退し、ウィリアム・クラリッジ、マリアンヌ・クラリッジ夫妻にホテルを売却。1881年、健康上の理由からクラリッジはホテルを手放すが、リニューアルされ、近代的な設備を備えた「クラリッジホテル」は1898年、再オープン。その後、高級ホテルの「サボイホテル」配下に入るが、各国元首や上流階級専用のホテルとして、質の高いサービスを提供する姿勢は、いまもかわらない。外装は創業当時のものに手を加え、レンガ造りになっている。(上:ルグラン」、下:クラリッジ)Claridges

Claridges_hotel

 

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