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《海を渡った幕末の徳川プリンス》徳川昭武の旅程と費用

徳川プリンス《徳川昭武》のヨーロッパ滞在のおもな旅程をたどってみる。

(西暦)1867年2月7日、フランス郵船「アルフェ号」で横浜出帆。パリ万博出席とヨーロッパ各国親善巡歴のメンバーは、外国奉行や通弁(通訳)、お伴の水戸藩士ら、総勢33名に及ぶ。28歳の渋沢栄一も勘定方として庶務担当で同行した。

2/19上海着、2/24香港着、3/1サイゴン着、3/3シンガポール着、3/12セイロン島着、

3/21アラビア半島(アデン)着、3/26スエズ着、陸路アレクサンドリアへ、3/28アレクサンドリアよりフランス郵船「サイド号」乗船、4/3マルセーユ着

4/11パリ着、「グラントテル・ド・パリ」(ル・グラン)に宿泊滞在。

4/28フランス皇帝ナポレオン3世に謁見、6/13ホテル「グラントテル・ド・パリ」を引き払い、パリ市内のロシア貴族の館に引越、7/29帝国芸人一座(高野広八一座)の曲芸・奇術を見学。

9/3パリ出発、ヨーロッパ各国巡歴へ、9/4スイスの首都ベルン着、9/5スイス大統領に謁見。9/8ジュネーブ着、「ホテル メトロポール」に宿泊、9/10ベルンに戻る。

9/14プロシア(ドイツ)のダルムシュタット、マインツを経てボン着。「エトヴァルトホテル」に宿泊、9/15オランダ、ハーグ着。「ベルヴューホテル」に宿泊。

9/17オランダ国王ウィレム3世に謁見。9/20ライデン、アムステルダム、9/24ハーグをたち、ベルギー、ブルッセル着。「オテル・ベルヴュー・エ・ド・フランドル」に宿泊。9/25ベルギー国王レオポール2世に謁見。9/27アンヴェルス(アントワープ)、9/30リエージェ、10/9ブリュッセルをたち、パリ着。10/17パリをたち、イタリアへ、途中南仏サン・ミッシェル着。

10/19イタリア、トリノ着。「オテル・ドゥロップ」に宿泊。10/21フィレンツェ着。

10/24イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエル2世に謁見。10/27ミラノ着、10/29フィレンツェ、10/31ピサ、11/2リヴォルノ着。

11/3イギリス艦「エンディミオン号」に乗船、(イギリス領)マルタ島へ。11/6マルタ島。ヴァレッタ着。11/11ヴァレッタ出帆、マルセーユへ。11/16マルセーユ着。11/18パリ着。

12/1パリをたち、カレーへ、12/2英国船「メイド・オブ・ケント号」でドーバー海峡を渡り、ロンドン着。「クラリッジ・ホテル」に宿泊。12/4イギリス国王ヴィクトリア女王に謁見。12/11ポーツマス泊。12/16ドーバー泊。12/17パリ帰着。

 この後、昭武は留学生活に入るが、翌1868年、7月には明治政府から帰国命令が届く。8/2帰国を決意した昭武は、フランス国内旅行に出発。パリ、シェルブール、ノルマンディー、ル・マン、ブレスト、ナント、サン・ナゼール、アンドル、トゥール、ルーアン、ル・アーブルなどの地方都市を回る。8/27パリへ帰着。

いよいよ帰国へ。10/15パリからボルードー、トゥールーズを経て10/18マルセーユ着。10/25アレキサンドリア着。10/26スエズ着、11/12ポイント・デ・ガール着、11/30香港着、12/9上海着、12/6横浜着。

 まさに片道、約2ヶ月の船旅。Photo_190

 しかしこの「大名旅行」は、かなり費用がかかりすぎ、日本から運んだ275,000フラン(約2億2,000万円)の渡航費用も危うくなる。それもそのはず、パリのル・グランでの約2ヶ月の宿泊費で70,000フラン(約5,600万円)も使い、これでは不経済であると、ホテルを引き払って、借りたロシア貴族の邸宅の家賃も9年契約で年間40,000フラン(3,200万円)、使用人や召使いを16人雇ったり、家財道具の購入で準備金、26万フラン(2億800万円)も使った。もちろん同行の渋沢たちも金の工面をするため、走りまわり、オランダやイギリスの商社から幕府の名前で融資を受けていたそうだ。

1両=40,000円、50両=200万円、50両=2,500フランで1フラン=800円計算)

明治維新なるが故に昭武の留学生生活は、中断されたが、そのまま3年ないし5年間パリに滞在していたら、いったい「徳川プリンス御一行」は、いくらお金をつかったのだろうか。Photo_191 (写真/上:パリのル・グランホテル、中:スイスから送られた時計、下:マルセーユでの集合写真 中下は松戸戸定歴史館蔵)

(参考文献:『徳川昭武 万博殿様一代記』須見裕著 中公新書、『プリンス昭武の欧州旅行―慶応3年パリ万博使節』宮永孝著 山川出版社)

Photo_192

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コメント

たろべえさん

徳川あきたけという人物さえ知りませんでした。もちろん将軍徳川慶喜は有名だけどなぜか弟は知られていませんね。明治維新で留学も途中であきらめたのは残念でした。しかしどうして教科書で教えないのでしょうか。歴史の表舞台から削除されている人物が意外に多いのかもしれませんね。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2007年6月28日 (木) 00時29分

通りすがりの旅人さん

コメントありがとうございます。
確かに徳川昭武は、明治維新に埋もれてしまったのでしょうか、あまり知られておりません。

 それからブログでは紹介しておりませんが、ヨーロッパに行く前に横浜のフランス領事館に招待され、たぶん壮行会だと思うのですが、その時はじめて洋食を口にしたようです。

 また、昭武はその後、パリに4、5年留学もしています。人材的に立派な方だと思いますが、彼をもっと活用しなかったのは、日本にとっても、もったない話です。

投稿: もりたたろべえ | 2007年6月28日 (木) 12時35分

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