« 黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1 | トップページ | 黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその2 »

日本初の本格的英和辞書《英和対訳袖珍辞書》

 1862年(文久二年)、堀達之助編纂による、日本初の活字印刷の英和辞典《英和対訳袖珍辞書》が発行された。アルファベットはオランダ製活字を用い、カナと漢字は木版とし、紙は中国から輸入された洋紙を使用した。発行元は「蕃書調所(ばんしょしらべじょ)」。江戸の木版刷り職人を動員して作成したという。(編纂には1年8ヶ月~10ヶ月かかったという)

 蕃書調所は1856年(安政三年)、儒学者で洋学にも明るい古賀謹一郎を頭取(校長)として開設された。開設の目的は洋書の翻訳と通訳官の養成にあったが、ペリーのアメリカ艦隊の来航後、にわかに緊急課題となった警備の拡充、武力強化のため、欧米の軍事書や科学書を翻訳・読解して参考にする必要性があった。そのために全国から優れた洋学者を招聘したという。(「蕃書」とは、江戸時代に欧米とくにオランダの書籍や文書を意味する言葉である)翻訳業務や教育も当初はオランダ語が、主流であったが、次第に英語に代わり、続いてフランス語、ドイツ語、ロシア語の翻訳・教育も加えられていった。

 なお「蕃書調所」は名称が実態にそぐわなくなり、「洋書調所」と改称、さらに幕府の最も重要な教育機関として「開成所」と改められていった。明治維新には新政府に移管され「開成学校」に再編された。開成学校は、「大学南校」と名をかえ、現在の東京大学文学部・法学部・理学部へと発展していく。

 さて《英和対訳袖珍辞書》は英文“A POCKET DICTIONARY ENGLISH AND JAPANESE” という。「袖珍(しゅうちん)」は「ポケット」といった意味で、携帯に便利な辞書のことであるが、実際にはかなり大きなサイズであったようで、その形から「枕辞書」とも呼ばれていたそうだ。堀達之助は、英蘭辞書(英単語のオランダ語訳辞書)を参考に、オランダ語訳に日本語訳を置き換えて「英和辞典」を作成することとした。Shuchin

 この日本語訳についても、それまでの主流であった権威ある「諳厄利亜語林大成(アンゲリアごりんたいせい)」の和訳を踏襲することはやめ、見直して一つの英単語に対し、一つの和訳ではなく、複数の日本語が対応する場合には、すべて書き出した。

 たとえば、「語林大成」で「A・・・冠詞 又 一ヒトツ」とあるのに対し、達之助は、

A・・・不定冠辞ニシテ単称名詞ノ前ニ在リテ 一ツ 又ハ或ルノ意ヲ示ス」と訳した。

さらに「語林大成」では「Able・・・有力(チカラアル)又 徳力(タッシテヲル)」と訳していたが、袖珍辞書では「益ニ立ツ。巧ナル。強大ナル。抜きん出る。」などとし、語句としてto be able「得ル(うる)。能フ(あたう)。」とした。英蘭辞書を参考にしたとはいえ、大変地道な労苦の多い仕事であることは間違いない。Shucin2

 ところで、この日本は初の本格的な英和辞書の草稿が、今年発見されたそうだ。

和紙の手書き原稿20枚で、堀達之助の推敲の跡もあるそうだ。新聞記事によれば、この辞書の現物は、内外に18冊確認されているようだ。驚くべきことに最初の発行から150年近くも経過している。

2007317日熊本日日新聞夕刊)

http://diary.jp.aol.com/ufxxej/img/1174127264.jpg

※参考:『英学と堀達之助』堀孝彦著、雄松堂出版/『堀達之助とその子孫』村田豊治著、同時代社/『黒船』吉村昭著、中公文庫

※写真:英和対訳袖珍辞書(上下):京都外語大学附属図書館蔵

|

« 黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1 | トップページ | 黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその2 »

にっぽん海外交流史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177442/15950150

この記事へのトラックバック一覧です: 日本初の本格的英和辞書《英和対訳袖珍辞書》:

« 黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1 | トップページ | 黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその2 »