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《高松凌雲》武士の魂を持つ医師その3

大政奉還によって生活の糧を失った、旧幕府の徳川の家臣たちは、明治政府による処遇に不満を抱いていた。彼らは、新天地を求めて蝦夷地に渡り、五稜郭を本拠に新政権を樹立しようと企てていた。

 しかし明治政府がこれを許すはずもなく、官軍・討伐軍が派遣された。現在の北海道道南地域が戦場となり、ここに明治維新最後の戦い「箱館戦争」が始まった。

 パリから戻った医師・高松凌雲は、幕臣である身分をわきまえ、榎本武揚(釜次郎)らに誘われ、旧幕府艦隊を率いて江戸を脱出。榎本軍は仙台で土方歳三等の旧幕府軍を収容して蝦夷地(北海道)に向かい、箱館の五稜郭などの拠点を占領して地域政権を打ち立てた。彼らは北方の開拓とロシアへの防衛を名目として、旧幕臣政権による蝦夷地支配の追認を求める嘆願書を朝廷に提出したが、新政府は拒否し派兵した。Photo_203

旧幕府軍は松前、江差などを占領するも、新政府軍に対抗する決め手であった開陽丸を座礁沈没させて失い、宮古湾海戦でも敗れ、新政府軍の蝦夷地への上陸を許す。さらに、五稜郭で土方歳三は戦死。榎本武揚らは新政府軍に降伏し、戊辰戦争は終結した。これにより、慶応4年(明治元年、1868年)から明治2年(1869年)にわたって続いた動乱のなか、新政府側が旧徳川幕府側の勢力を一掃したといえる。この結果、日本は、薩摩藩・長州藩出身者が明治政府の中心となって、近代化へ進んでいった。

この旧幕府側の最後の抵抗であった箱館での戦いに際し、高松凌雲は野戦病院ともいうべき箱館病院の責任者(頭取・院長)に指名された。

榎本艦隊と官軍との決死の戦闘の最前線において、凌雲は多くの傷病兵の治療を続けるなか、ある時、箱館病院に6名の負傷者が運び込まれる。それも敵方の兵であった。病院内は騒然となり、「戦死した者の仇(かたき)だ。殺せ」という者まで出てくる。

そこで凌雲は、毅然とした態度できっぱりと演説した。「パリで学んだ『神の館』では、富める者にも貧しい者にも同じ治療をほどこし、しかも貧しい者は無料であった。戦争にあっても、敵方の傷病者を味方の傷病者同様、ねんごろに施療する。それが、神の館のみならず西洋諸国の病院の常となっている」

「病院は新しい生命が生まれ、また消えてゆく神の宿る館なのだ」と知り、それまで西洋医学をただ知識だけで学んできた凌雲にとって。医学が神聖なものだという啓示を受けていたからであった。

パリの「神の館」で啓示を受けた「遠い雷鳴」が、日本にまで近づいてきてさかんに轟いて、やがて慈雨を降らせることになる。(書評家・岡崎武志、『遠い雷鳴』書評)

同時に旧幕臣の身で徳川の再興を願ったが、もはや新しい時代の潮流に逆らうことはできなかった。それは古い封建体制を打ち破る、明治維新の新しい「夜明け」を告げる「雷鳴」でもあった。

さらにこの時、五稜郭を警備していた「衝鋒隊(しょうほうたい)」隊長であった実兄・古屋佐久左衛門は官軍の砲弾により、重傷を負い、亡くなった。凌雲は、その責任感から箱館病院を離れることはできず、後に仮に葬られた兄の墓を訪れて涙している。(参考:『五稜郭の兄弟』高橋義夫著、廣済堂出版)Photo_204 

 箱館戦争終結後、凌雲は江戸へ送られ、徳島藩預かりの蟄居処分となるが、やがて新政府からいくつかの役職就任の誘いや各藩から雇用の話がきた。しかし彼はすべてを断り、市井の「医師」として生きることを選択し、東京で開業する。もちろん恩を受けた徳川昭武の水戸家の主治医を勤める。その後、「神の館」で学んだ精神で貧しい患者には無料の治療をおこなうため、「同愛社」という組織をつくる。日本での「赤十字」活動のさきがけといわれている。80歳を超えて亡くなるまで高松凌雲は、パリで啓示を受けた博愛精神をもって、一生を通した。まさに「武士の魂をもった」医師であった。

(参考:『遠い雷鳴』吉村昭著、文春文庫)

※写真/箱館五稜郭本陣(明治元年)、兄:古屋佐久左衛門、弟:高松凌雲)

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コメント

たろべえさん、

とてもよいお話をありがとうございました。志が高く、信念に従って道を歩いた武士のようなお医者様が、複雑な時代を生きていらしたのですね。

実は、「Hotel Dieu」で思い出しました。フランス滞在の初期で、まだその意味を知らなかった頃の事。ホテルの予約なしの旅行をしていて、暗くなったある夜7時頃、「Hotel-Dieu」という看板を見つけ、その矢印に従って車を走らせました。着いた場所は、電気の明かりも無い小さな建物。二人して驚きました。その時辞書で「Hotel Dieu」の意味を知ったのです。

でも今、たろべえさんのおかげで、本来の意味を知る事ができました。感謝です。

投稿: Cojico | 2007年7月15日 (日) 23時08分

Cojicoさん

コメントありがとうございます。
フランス語のできる方に読んでいただきよかったです。Hotel-Dieuは「神の館」なんですね。

 このところ、江戸時代、幕末から明治と日本の海外交流史を調べているのですが、今回のこの高松凌雲といい、徳川昭武といい、どうも歴史で忘れられている人々が多いのです。

投稿: もりたたろべえ | 2007年7月16日 (月) 22時08分

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