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2007年8月の14件の記事

パリの《王貞治伝説》

 パリの日本人ガイドさんからきいた話。現役を退き、巨人の助監督の時代、ヨーロッパ旅行中の王さんが、パリにやって来た。モンマルトルの丘の下、サクレクール寺院に上がる階段下の駐車場。車から降りた王さんは、小脇に抱えたセカンドバッグをジプシーの男に盗られた。男は階段を駆け上がって一目散に逃げる。すると王さん、全力で階段を駆け登り、あっという間に泥棒に追いついた。行ったことのある人なら、おわかりになると思うがこの階段は急だ。_edited

 夏だったので王さんは、ポロシャツに半ズボン、スニカーのスタイルだった。ガイドさんが改めて王さんの足をみると、ふくらはぎやももの筋肉が盛り上がり、一流のスポーツ選手の体にびっくりしたそうだ。

 王さんは、セカンドバックの中に、現金やカード、航空券など全財産を入れていたという。とくにパスポートは台湾国籍のため、もし盗まれるようなことでもあれば、簡単に再発行はできないし、台湾の恥になると思い、必死で追いかけたそうだ。ガイドさんにいわせれば、現役を離れてもなお、あれだけの体力があることに驚嘆した。運の悪いひったくり泥棒だ。

 ガイドさんが捕まえた泥棒を、警察を呼んで引き渡そうとしたところ、王さんは自分にも不注意があったことだし、被害もなかったのだからと、ジプシー男を許してあげたそうだ。さすがに大物、王貞治伝説。2

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ご近所グルメ・手打ちそば《角萬》

「手打ちそば《角萬かどまん》」なのだが、上州のうどんといった雰囲気で、麺は「そば」なのに江戸前のそれより格段に太い。かなりコシがあり、喉越しはうどんに近い。ここでは待つのはあたり前。人気の店だから、昼時なら30分から1時間待ちは仕方がない。とにかく量も多い。定番は夏でも冬でも「冷やし肉南蛮そば」で、どんぶりにあふれんばかりの豚バラ肉。その下には一度、湯がいた長ネギ。麺はその下である。汁は濃い目の甘辛。そば湯もつく。別に薬味の白ネギもつく。この肉南蛮をほとんど80%のお客さんが注文する。Photo

 一年中ある「冷やしきつねそば」も捨てがたい。やはりどんぶりで出てくる。甘めに煮た油揚げと自家製揚げ玉、やわらかく甘い長ネギの下に大盛りのそばだ。この「揚げ」の味が実に絶妙で甘いと思えば辛い。辛いと思えば甘い。絶妙な味わいである。

 食べた感じは、やはり太目のそばの味。歯ごたえしっかり、固ゆでだ。この店ではお客が「やわらかくゆでてほしい」などと、希望をいえる雰囲気はない。じっくり待つ。黙って平らげる。お金を払う。帰る。だから込み合う店内、合い席は常識だ。

 お客には職人さん風情が多い。肉体労働者でなければとても大盛りは食べきれない。と、思うのが浅はかで、なかにはペロリと平らげる女性客もいる。東武線「業平橋駅」から徒歩5分。行列覚悟の店だが、間違いなく行く価値がある。忘れられないそばになる。(写真:たろべえ撮影)

角萬(向島店)

   

東京都墨田区向島3-1-5

    TEL03(3622)7470

    定休日:木曜日 営業時間/11:3019:00Photo_2

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《王監督ゆかりの五十番》

 世界のホームランキング王貞治は、東京の下町、墨田区の出身。台湾出身の王監督のお父さんが中華料理店《五十番》をやっていた話は有名だが、その店で修行し、暖簾(のれん)分けをした関五一さんが、いまでも五十番の名で中華料理店を開いている。

 その店は墨田区業平4丁目、下町の商店街にある。カウンターが6、7席に4人掛けのテーブルが4つ。小さな店だ。店主・関さんは今年、八十六歳でもちろん現役だ。

ラーメンを注文した。これは「昭和の中華そば」である。焼き豚(チャーシュー)にナルト、刻みネギにメンマ、ほうれん草と定番の具が入って、ちぢれ麺にスープは、鶏ガラに、しょう油ベースのオーソドックスな、なつかしい味。なんだかこどもの頃、よく食べた(ラーメンというよりも)中華そばなのだ。400円と安い。Vfsh0016

王さんは、ジャイアンツの現役選手時代や巨人軍監督のときには、よく顔を見せたそうだ。ホークスの監督として福岡に行ってからは、来られなくなったと、関さんは言う。それでも小さな店の中には、800号ホームランを打ったときの自筆のサイン入り写真パネルをはじめ、ダイエー時代の胴上げシーンや先のワールド・ベースボール・クラッシックでの優勝シーンが飾られている。

早実(早稲田実業)時代の王さんの好物は、五十番の「肉そば」だそうだ。いまもメニューに残っている。こちらは600円。

    五十番

    東京都墨田区業平4-8-6(押上駅から徒歩5分)

    03(3622)1962(年中無休、営業時間11:0014:30/17:0021:30

(写真:たろべえ撮影)Vfsh0013

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《夏休みのアルバイト2》

 大学1年生の夏休みのバイトは、ビヤガーデン。単純に営業は夜なので涼しいだろうし、たまには生ビールも飲めるだろうという安易な考えである。夕方4時頃出勤して、屋上のテーブルやイスの拭き掃除。店の開店前に早めの夕食だ。それから閉店の午後11時まで、若干の休憩時間を除き、立ちっぱなし。もっとも途中で夕立やにわか雨が降ると、とたんに暇になる。Photo

大学生や若い人の団体が来ると大変である。2030人くらいがやって来る。ビールのジョッキを一度に何個(何杯)運ぶことができるか。ニュートーキョーでは、大ジョッキを一度に18個持てる人がいた。大ジョッキは、ビールの大びんなら1本半は入る。びんは633mlだが、ジョッキは泡の分量もあるので1,000ml弱である。つまり1ℓを18本、しかもガラスの重さもあるので、20kg以上。18個を運ぶ人は、「腰で持つ」といっていた。

私も慣れてくると1シーズンに3回くらい大口団体を扱った。片手で持てるのは5個。右に5個、左に5個、ぐっと押さえつけて、中に4個をはさみ込む。これで14個だ。とてもこれ以上は持てないし、まごまごしていると、ビールの命である泡が消えてしまう。14杯の生ビールジョッキをあまり揺らさないように小走りで運ぶ。お客さんの盛大な拍手が起きる。Ntb0

 「焼きそば」の屋台も担当したことがある。冷たいビールには、枝豆はもちろんだが、焼きそばやイカの丸焼きは相性がよい。こちらは、鉄板の上で焼くわけだから暑い(熱い)。油をひき、キャベツと豚肉を炒める。そばを入れる。ころあいをみて、水をさす。味付けは塩・胡椒・化学調味料にウスターソース。このソースの焼けるにおいが食欲をそそる。イカ丸の香ばしい香りも同様。お客さんの購買意欲をそそる。

 ちなみに「ニュートーキョー」のビールは、サッポロである。どうしてもアサヒやキリンが好みだという方は、注意してほしい。ちなみに当時のビヤガーデンでは、1日の売上が1000万円を突破した日に限り、最後に「店長賞」で大ジョッキ飲み放題となった。ビールが飲めたのは、2ヶ月で10日ほどだった。3

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《夏休みの学生村》

 大学受験に案の定失敗して浪人のとき、夏休みは運送屋のバイトを一ヶ月して、8月は信州の「学生村」へ、ひと月行った。いまは、塾や大手予備校などは「勉強合宿」といって3泊4日から一週間ほど、高原のホテルで合宿して勉強するようだが、当時はまだそんなシステムもなく、朝夕涼しい「学生村」が流行(はや)りであった。Hc11

 出かけて行ったのは、長野県の志賀高原の入口、信州中野にある農家民宿で、冬はスキー客用で夏場が学生相手の民宿。歯科大学のゼミや女子大のサークルが合宿に来ていた。一ヶ月間の予定で、一人で泊った。徒歩で20分(車で5分)のところに、公営の温泉もあった。

 はじめのうちは、まじめに朝の涼しい頃と夜間は参考書を片手に勉強した。次第に慣れてくると、昼間は「暇」である。温泉通いも飽きる。しばらく滞在していると、こちらは一人旅のため、民宿のご家族と親しくなってくる。小さなこどもたちとも仲良しだ。そのうち、民宿の保育園に通う娘さんの送り迎え(車)を手伝ったりする。

 朝も農家なので早朝から野菜の摘み取りがある。収穫したばかりの野菜は、新鮮さが違う。「トウモロコシ」は生で食べられる。甘くておいしい。農協に出荷する分の野菜は結構な量だ。お父さん、お母さんの作業を手伝う。3週間も滞在すると、お手伝いが逆に「アルバイト」になった。軽トラックにキャベツや茄子やトウモロコシを積み、農協の集荷場へ運ぶ。(これは自慢だが、高校3年のときに運転免許をとっていた)

 民宿は3食付きだった。昼食は、おいしい野菜のカレーライスが3日に一度は出て、次の日は野菜たっぷりのやきそば、次は「きゅうり」のおいしい冷やし中華という具合。

 一番楽しかったのは、「盆踊り」だ。当時は、お盆の時期に2、3日続けてぶっ通しで踊る。夜も夜中も、である。もちろん私、未成年であったので酒は少ししか飲まず、さすがに疲れるので、踊りっぱなしというわけにはいかない。

 そのうち民宿の主(ぬし)となった。長期滞在者である。受験勉強はあまりはかどらなかったが、貴重な農業体験をした。参考書は読まなかったが、夜はテレビもないので文庫本をたくさん読んだ。

 (本当の宿泊費は10万円くらい払ったが、バイト代で3万円もいただいた)

 今度はりんごの実が成っているころにいらっしゃいね。スキーのシーズンでもいいわね。民宿のおばちゃんは、東京に帰る日、息子を見送るように泣いてくれた。

(写真:志賀高原観光協会)

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《夏休みのアルバイト》

 高校1年生の夏休み、仲のよいともだちたちと一緒にアルバイトをした。伊豆半島の南、白浜海岸の民宿の手伝いだった。仲間5人で行った。Photo_2

 民宿といっても、そこは少し前まで小学校(分校)だった建物が、廃校になり、少し手を加えて、なんとか宿泊施設にしたような代物(しろもの)だった。もともとの教室に畳を敷いて和室にしつらえたので、部屋自体は広い。だからわれわれアルバイトにとって、部屋のそうじは大変だった。

 聞くと見るとは大違いではないが、採用前と実際では話が大きく違っていた。アルバイトの面接では、

「朝と夜、それから部屋のそうじをする間は忙しいけれど、お客さんが海に行っている日中は暇だから、君たちも海であそんでいいよ」

世の中にうまい話はないといってもよい。部屋のそうじもお昼頃には終わるので、日中は海で遊んで、お客さんがチェック・インをする夕方から、誘導や案内をしてもらえばよい、というのがこのアルバイトの「仕事」のはずだった。

 ところが、お客さんの朝ごはんを部屋に運び、片付け。部屋やトイレ、風呂場のそうじもなかなか時間がかかり、とても午前中には終わらない。そこはもとの分校だから広い。廊下の拭き掃除もあった。ゴミを焼却炉で燃やして、捨てるための穴掘りをする。庭(校庭)の片隅に穴を掘りゴミ捨て場をつくる土木作業もあったのだ。

夜も夕食運びと片付け。しかも夜中や早朝に到着するお客さんに起こされる。

 とうとうバイト仲間が労働条件の改善に立ち上がった。団体交渉である。やっと昼間の2時間程の自由時間を勝ちとり、白い砂で有名な穏やかな海へ出かける。ついつい遊び過ぎ、約束の時間に10分ほど遅れて帰ると、民宿のおやじから大目玉だ。遊びに来ているわけではないだろう。仕事をしろ、といった趣旨だ。

 その夜、バイト仲間の密談があった。こんなタコ部屋では、やりきれない。みんなで脱走しよう。決行は翌日の午後に決まった。各自、荷物は今晩中に整理して、大きな荷物は、民宿の入口の草むらに隠す。(もと分校のこの民宿は、高台にあったので、道路からは細い道を上がる)午後の休憩時間に海へ出かけるふりをして出発。路線バスで「伊豆急下田」へ出る。下田からは特急で東京へ。

~ようこそ伊豆下田 白浜海岸へ~
真っ赤に燃える太陽とエメラルドグリーンの美しい海、そして緑の山々に囲まれた自然を満喫。(伊豆白浜観光協会のキャッチフレーズ、写真提供も同観光協会)

 もちろん後日、働いた分だけのバイト料はいただいたが、なんと食事代が引かれていた。はじめての実社会での経験だった。

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《夏休みのクラブ部活動》

 中学校のグランド、夏休み期間中はクラブの練習がある。本当はサッカーがやりたかったが、その中学にはサッカー部がなく、陸上部に入った。短距離走が得意で学校で一番か二番目に足が速かったのが理由。

 夏休みの練習はきびしかった。とくに「インターバル・トレーニング」といって、グランドをまず、100mを全力疾走後、続いてジョギングで100m流す。これを10本やって、5分程度休み、またこのセットを10本という具合だ。しかもいまとは決定的に違うのが、練習中に水分補給が許されていなかったことだ。現代のスポーツ医学から考えれば、おそろしい話だが、すべて運動は「根性論」で片付けられ、中学生の部活動でも口からアワを吹いて倒れるまで練習が続く。

すべての練習が終わるまで水を飲ませてもらえなかった。だから顔を洗うといっては水道の蛇口からこっそり飲んだものだ。体に一定度の負荷をかけ、短い休息で集中して練習することにより、心肺機能を高めるのが、この種のトレーニングの目的だ。倒れないのが不思議だった。別にとりたてて根性があったわけでもない。

 少年サッカーの指導に携わるようになり、「スポーツ少年団の指導員」の資格をとるために講習会に出たことがある。人工呼吸や心肺蘇生の「普通救急救命士」のライセンスももらった。そこで、「水分補給もせずに運動することの危険、無謀さ」を教えられた。

 高温・多湿の環境下で水分の補給をおこなわずに長時間運動を続けると、体温の上昇と脱水症状が起こり、循環器系不全となる。人間は、皮膚の表面から空気中へ熱を放出するが、汗をかくことにより、その汗が蒸発する際に熱を奪って体温を調節している。しかも真夏で外気温が30度以上の場合、汗を出して体温を下げることができなくなる。湿度が75%以上に高くなると、汗も蒸発しにくく、流れ落ちるだけとなり、発汗による体温調節機能は停止していく。体の中に「熱」が蓄積されてしまう。車のエンジンのラジエターの故障ようにオーバーヒートしてしまう。体温が上がる→発汗停止→虚脱感、けいれん、意識混濁、こん睡状態・・・これが「熱中症」のメカニズムである

 また汗をかくと、水分と同時に塩分も失われていく。塩分の不足は熱疲労からの回復を遅らせる。だから水分と同じように0.1から0.2%程度の食塩水の補給も必要だといわれている。で、あれば、やはりスポーツドリンクがおすすめ。ポカリスエットでもアクエリアスでもゲータレードでもよい。Photo Photo_2 Photo_3

「塩分」とは、ミネラル成分(電解質)のことで体内の水分とともに重要な成分だそうだ。たとえばポカリの成分は、汗とともに失われる体液と同じ、ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウムなどである。

なんだか《スポーツ医学講座「水分補給」》になってしまった。わずか30年前のことだが、「根性」の名のもとに水分補給もままならず、しかも足腰に悪い影響を与える「うさぎとび」なんていうトレーニングも流行していた。「巨人の星」の星飛雄馬を思い出した。

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《夏休みのラジオ体操》

 ラジオ体操は毎日出席した。「皆勤賞」だと、夏休み最後の日に、こども会のお母さんたちがノートや鉛筆を「はい、ご褒美よ」とくれた。それが目当てで、眠い目をこすりながら走っていったものだ。近頃は、お手伝いのお母さんが大変だからと、ラジオ体操は夏休みのはじめの一週間と8月の最後の一週間しかやらなくなった。

 体操のあとは決まって、近くの雑木林に虫とりに行く。運が良ければ、カブト虫やクワガタに出会うことができた時代だ。私は東京の郊外の“武蔵野”と呼ばれる土地で育った。いまでもたまに母親に会うために出かけると、森も林もそこには、もうない。あたりまえのように宅地造成の波にのまれ、幹線道路が走っている。それもそうだ、新宿や池袋のような都心から、ものの3、40分も急行に乗れば、着いてしまう便利なベッドタウンなのだから。

 カブトやクワガタには、正札がついて売られている時代だ。当然、小振りな「ミヤマクワガタ」より、強そうな「ノコギリクワガタ」の方が高いのだ。しかも断然、オスがメスよりも高い。世の中はどんどん、変わっていく。

 ところでラジオ体操といえば、「第一」はまだしも、「第二体操」は嫌いだった。両腕の肘から上を直角に立て、「よいっしょっ」のようなポーズがあったし、お尻を突き出す「背の運動」があったのだ。なんとなく恥ずかしいと思った。Photo

 体操の出席カードは、ボール紙で出来ていた。母親に頼んで、角の穴にひもを通してもらい、首から下げて集合場所に行く。出席すると、「出」のスタンプを押してもらう。なかにはずるがしこい奴がいて、サボった日の分も押してもらおうとする。そうはいかない。何日かごとに、今日は青。明日は赤、あさっては黒といったふうに、スタンプのインクの色を変えてある。(こどもの頃、この「出」のスタンプ印やスタンプ台があったら、もっと静かに夏休みを送れたかもしれない)

 少し寝坊をしても、なんとか体操終了後のスタンプ押しの時間までに行けば、バツが悪いものの、なんとかスタンプをもらえた。

 そいえば近所のおばあちゃん、おじいちゃんもラジオ体操に参加していた。いまの方が年寄は多いはずなのに、体操に参加する大人は少ない、気がする。

 それから「ラジカセ」などはない時代、広場に近いお宅が、電気ラジオを提供してくれていた。真空管利用の大きな「ラジオ」。ピー、ボワーッと音を立ててチャンネルを回してNHKにチューニングする。ボリュームを上げ、あまり大きな音にすると音が割れた。そんな朝からやかましい広場がなくなってきた。神社の境内であったり、小さな公園であったり、平和な夏休み風景が妙になつかしい。Img_005_000053s4300

(写真:上/東芝ラジオ、下/昭和35年頃の風景、撮影者不明)

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《新潟の美酒がならんでいた》

 近所のスーパーの日本酒のコーナーに新潟の美酒がならんでいた。〆張鶴に久保田(千寿)、八海山である。(いずれも四合びん720ml)である。

価格は、「〆張鶴・月・特別本醸造」1,850円、「久保田(千寿)特別本醸造」2,400円、「八海山本醸造」2,200円となっていた。値段的には、現地や通販で購入する場合の倍近いが、これらの人気銘柄はなかなか入手困難だから、高いのはあたり前だ。どれもが思い出深い日本酒で、とくに八海山は最近、堪能したばかりだ。Vfsh0012

 「〆張鶴」の宮尾酒造には行ったことがある。鮭の遡上や瀬波温泉で知られる新潟県村上市にある小さな酒造だ。江戸時代の文政年間(1819年ころ)創業。大型バスで行きたいと、事前に連絡したら断られたので、村上の町にバスを置いて、希望者15、6名で出かけた。小さな店で、超人気の酒造なので、商売っ気はまったくない。もちろん「試飲」などもってのほかだ。店員さんも数人で、「団体」で買いに行ったら迷惑がられてしまった。(団体で行くところではない)しかし、味はうわさにたがわず、すっきりした後味の辛口でおいしい。

 まさに水のような飲み口のため、〆張鶴は、いつのまにか急に酔いがくる。さっぱりしている後味が特徴だと思う。

 「久保田」はいくつかにランクが分かれていて、わかりやすい。製造元は、いわずと知れた、新潟県長岡の朝日酒造、やはり江戸時代の天保元年(1830年)の創業だ。

ランクは、上から萬寿(まんじゅ)、碧寿(へきじゅ)、翠寿(すいじゅ)、紅寿(こうじゅ)、千寿(せんじゅ)、百寿(ひゃくじゅ)。実は錦糸町の寿司屋さんで「久保田」の6種類を小さなグラスで全部飲ませてくれる催しがあった。確か2,000円だったと思うが、翠寿が一番、口に合った気がする。もちろん、萬寿や碧寿のやわらかくすっきりした軽い飲み口は、印象に残った。香りもよい。

 そんな「久保田」の千寿を日本酒好きの先輩と泊りがけで飲んだことがある。とある旅館の居酒屋で、二人で「千寿」を飲みまくった。そのうち店の千寿がなくなり、それから「百寿」にかわった。間違いなく、千寿も百寿もうまい。やさしいやさしい酒だ。知らず知らずのうちに酔いがまわって、寝てしまったが、翌日、二日酔いすることもなかった。いまはこの先輩も鬼籍に入ってもう、いない。私は、よき飲み友達を失ってから、「久保田」は飲めなくなった。

 「八海山」は、新潟県南魚沼市にある、大正11年(1922年)創業の八海醸造の傑作である。うまい酒だ。いつの日か、もう一度、しみじみと新潟の美酒3種を飲んでみたい。

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《恋するフェルメール》有吉玉青著、白水社刊

 《恋するフェルメール》「36作品への旅」と題して、寡作な画家・フェルメールの作品を訪ね歩いた作家のエッセイである。昨年出版された『フェルメール全点踏破の旅』 (集英社新書ヴィジュアル版、朽木ゆり子)と同系統の書物といってしまえば、それまでだが、《恋するフェルメール》は、フェルメールに対する有吉さんの素直な気持ちや思い込みが随所にあらわれ、「読物」としておもしろい。

 それにしても驚いた。有吉さんはこの本の中でも紹介しているが、オランダのハーグで開催された「大フェルメール展」をみるツアーに参加して、一挙に23点のフェルメールをみている。実はそのときの添乗員が私である。

 有吉玉青(たまお)さんは、大物作家・有吉佐和子の一人娘だ。早稲田の哲学科を出て、東大の美学藝術学科に学士入学して卒業。その後、ニューヨークに留学。母親ほど多くの作品は、書いてはいないが、エッセイには、不思議な魅力がある。

 正直なところ添乗中は、彼女が大作家の娘とは知らなかった。そのころ、彼女はすでに結婚されていて、苗字が違っていた。しかしきれいな人だと思った。しかもオランダでは、美術館のショップで流暢な英語を使い、南フランスでは、きれいなフランス語で食事の注文をされていたのを目撃し、ただものではない、と直感。帰国するやいなや文学好きの、わが妻に「○○玉青さんというきれいな人が、お客さんにいたよ」と話題にすると、すぐさま、「有吉玉青さんでしょ」と妻は、坪田譲治文学賞をとった『身がわり 母・有吉佐和子との日日』の作家であると断言した。(妻の話では、たまに雑誌で対談をしたり、短いエッセイを書いているという)

 そんな玉青さんに、三年後、添乗中、函館国際ホテルのロビーで偶然お会いした。再会である。彼女はちゃんと「フェルメールのときの添乗員さん」を覚えていてくれた。雑誌の取材で来ていたようだ。やはりきれいな人だ。

 そしてさらに八年後、《恋するフェルメール》「36作品への旅」に出会った。

なんと、この本の「あとがき」にこんな一節がある。(フェルメール作品に対して述べているのだが・・・)

旅をする中では、はからずも再会したものもあり、そのたびに発見があった。

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《大吟醸 八海山》を飲みました

 新潟の南魚沼、舞子後楽園高原(塩沢石打地区)にサッカーの合宿にでかけた。決して涼しくはないが、お楽しみはこれからだ。お米は天下のコシヒカリ。夜は地元でやっと手に入れた「八海山」を飲んだ。

 八海山にも種類があり、普通のラベルのものも、もちろんおいしいが、今回は地元でも入手困難の《大吟醸 八海山》をいただく。アルコール度数は15.6。「最高品質の山田錦など、選び抜かれた高度精白の酒造米を使い、湧出軟水仕込みによる低温長期発酵もろみ技法で醸造された、香り・味ともに気品高いお酒」。Photo

 解説書風にいえば「端麗辛口(たんれいからくち)」で「すっきりした味わい」がある。5、6人で飲んだが、30分で一升瓶(1800ml)がなくなった。8,000円が定価?だが、輸送費と手間賃が入って、新潟県内で買うとしても13,000円程度らしい。(とにかく限定品のため、これでも安いと思う。それじゃあ、東京ではいくらだ?)

 よくよく調べてみると、八海山でもこの《大吟醸》が最高峰とのこと。実際に飲んでみると、フルーティーな風味があって、さっぱりしたワインのようでもあり、誰もが感じるように「水」のようでもある。これは格別においしい酒だ。

 ただ、コシヒカリは酒米には向かないので、多少ブレンドするにしても、コシヒカリから日本酒をつくるわけではない。(私も大きな勘違いをしていた)

さて「コシヒカリ」にも種類があって、「南魚沼産」がおいしいそうだが、地元の人いわく、玄米を精米した直後が一番うまい。精米後のお米は、一ヶ月以内に食べないと味が落ちるそうだ。(そんなことをいわれても、都会では精米機なんて、お米屋さんにしか置いていない)Vfsh0003

 南魚沼の田んぼには、ブランド米のコシヒカリが、鮮やかな緑色で元気に育っていた。冬は雪が多く、山々に囲まれ、夏は暑い。農作業も大変だが、質のよい米、おいしい米なら10kg10,000円でも食べてみたい人はたくさんいる。

「八海山」には、普通ラベルのほか、「吟醸」、「純米吟醸」に、「大吟醸」と種類があるようだ。機会があれば、もう一度、《大吟醸 八海山》に出会いたい。

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《海外へのおみやげは何がよいですか》続編

 「海外に住む知人に、持っていって喜ばれたお土産と戸惑われたお土産は?」の続編。

 前回は割とオーソドックスな品物(うなぎ真空パック・梅干・海苔・おかき・ふりかけ・日本茶など)について語ったが、なんだか食べ物ばかりですね、というご指摘をいただいた。

確かに海外で暮らしていると、日本ではあたり前のように日常的に手に入るものでも日本からの輸入品であることが多く、品数も少ないし、値段も高い。そんな時日本からのおみやげに食べるものをいただくと妙にうれしかったりする。私は、ホノルル空港で成田から到着したお客さんから、コシヒカリで炊いたおにぎりをいただいたことがある。もちろん冷たくなっていたけれど、実においしかった。福岡からやってきた添乗員さんのおみやげは、真空パックの「めんたいこ」であった。涙がでるほどうまかった。こんなふうに食べ物がすぐ思い浮かんでしまうのである。

Photo (明太子は断然、博多の『稚加栄(ちかえ)』に限る。うまい)

 カナダで現地に暮らす日本人ガイドさんにきいた話だが、彼女は煮物をするとき、料理の定番である「みりん」が手に入らないので、「メープルシロップ」を使っているそうだ。これは“代用品”の例である。だから次回、カナダへ来ることがあったら、ぜひ調味料のみりんや「ほんだし」をお土産にくださいといわれた。なるほどと、うなづく。

 彼女は、ワインビネガーで酢の物もつくるが、異国では入手困難な「ポン酢」や「土佐酢」なんかもみやげにいいらしい。だから1年に一度、日本へ里帰りすると、帰りのトランク(スーツケース)は、瓶詰めやら真空パックの食料品や乾物、日用雑貨の行商のような大荷物だそうだ。納得。Photo_2

 ところで文房具も使い慣れた日本製がすばらしい。欧米製「ボールペン」は、すぐインクがとぎれたり、ダマになる。3色や4色のボールペンは、日本製に限る。海外駐在員は帰国のたびに多色ボールペンを買いに文房具屋さんに走る。一時、世界中で人気だったアメリカ製BICのボールペンも品質が低下したように思う。

「ホッチキス」も英語では「ステープラーstapler」というが、日本のマックス社(MAX)のものは、おそらく世界一の品質だ。これはうんちくになるが、ホッチキスは商標名であり、英語では通じない。ちなみに、「ステープラー」の「ステープルstaple」とはMax

“U字形の留め金・またくぎ・かすがい”といった意味で、英和辞典的には、ホッチキス即ちステープラーは“U字状の針金を用いて書類をとじる器具”である。マックスのホッチキスをおみやげにするとよいが、「マックス針(ホッチキス針・ステープル針)」も必ず、一緒にもっていかないと日本製の規格なので海外では手に入らない。Photo_3

 それから「週刊誌」も現地にいる日本人にはうれしい。新聞は「国際衛星版」がニューヨーク、ロスアンゼルスやロンドン、アジアでは香港、シンガポールでも印刷されているので、日本との時差なく読むことができる。(朝日、日経、読売)

週刊誌は空輸であって、日本の4倍くらいの値段。日本の書籍を扱う本屋さんで扱ってはいるが、いくらなんでも情報に飢えていても、およそ1,000円の週刊誌はさすがに買えない。

 

新刊の「文庫本」でもいただくと、たとえ読みふるしでもありがたいが、本はその人の趣味・嗜好というか、推理小説や時代小説に恋愛物などと、興味のあるなしでかなり左右される。日本でベストセラーになった単行本、文庫本など最新の書籍なら万人向き。(海外在住の日本人の多くは、日本で流行しているものやベストセラーに意外と敏感になっているものだ。)

 季節にもよるが、年末から年始にかけては、「日本のカレンダー」がおみやげとして喜ばれる。とくに日本を相手に仕事をしている観光関係の邦人は、日本の休日・祝日に大安や友引など、暦(こよみ)に執着がある。当然、大安の翌日は、ハネムーンでの入り込み客が多いからである。Ajinomoto

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《海外へのおみやげは何がよいですか》

《海外へのおみやげは何がよいですか》

 ハワイでの現地駐在を終えて帰国した頃、たくさんの人からいつも同じ質問を受けた。これから海外旅行に出かける人にとっては、現地の友人・知人へのお土産を何にするのか、大きな関心ごとなのだ。Photo_7

 業界紙に面白い記事が出ていた。(日刊トラベルビジョン2007年8月1日号)海外に住む日本人・外国人へのアンケートで「海外に住む知人に、持っていって喜ばれたお土産と戸惑われたお土産は?」というもの。

 相手が日本人の場合は、「真空パックのうなぎ蒲焼」、「梅干」、「海苔」、「おかき」、「ふりかけ」などが人気順だそうだ。続いて、日本酒の「生酒」。海外で販売されている日本酒は防腐剤が入っていて風味がないからだ。

 逆に戸惑われたのは、「日本茶」が筆頭である。確かに長く日本を離れていると日本茶がなつかしいものだが、水が合わない。カルシウム分を多く含む“硬水”では、お茶本来の甘みや旨みが出ないのだ。そうかといって“硬水”のミネラルウォーターを買ってまで、お茶をわかすこともない。だいたい欧米にいると、日本茶ではなく、コーヒーや紅茶の文化に慣れてしまう。

 私の場合は、家族を日本へ残しての単身赴任であったから、「梅干」と「海苔」と「日本茶」は、いつも大量に在庫があって困った。知り合いの日系人のおばちゃん(ツアーのガイドさんたち)に配ったこともある。おそらく成田空港の売店で買ったと思われるのだが、それほどかさばらず、値段も適当なのである。

 意外にうれしかったのは、「和菓子」である。日本に住んでいるときはめったに口にしなかったが、虎屋の羊羹(ようかん)などは、感動ものだった。あまり日持ちはしないが、繊細な餅菓子やだんごもよかった。Photo_6

そういえば、お菓子なんかいいかもしれない。異国の地にいて、「きのこの山」や「コアラのマーチ」を食べるなんて思いもよらないことだ。(ただし、オーストラリアでは、お菓子とはいえ、コアラを食べるとは動物愛護の精神に反すると嫌われる)

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このアンケートにもあったが、「折り紙」や和風小物はもう古い。現地のアメリカ人は、なんと日本人観光客から土産でもらった「和紙の札入れ(財布)」が山のようにあって処分に困っていた。同じ小物でも日本特有の『携帯ストラップ』は、評判がよいようだ。とくにポケモンやハローキティーのグッズは人気とのこと。

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人気の《プデチゲ》と《眞露チャミスル》

 久しぶりにお客さんと新橋の韓国料理の店に行った。もはや焼肉のカルビやプルコギ(牛・豚)は、流行(はや)らない。最近評判の「韓国家庭料理」の店では、最初はキムチとチジミをつまみに生ビールを飲むが、今回のメインは、本場韓国でもポピュラーな《プデチゲ》である。Photo

 プデチゲは「部隊チゲ」ともいう。何やら物騒なネーミングだが、朝鮮戦争後の物資不足の時代、韓国では米軍から流出したスパムやソーセージにインスタントラーメンやキムチ、豆腐、野菜を入れた鍋が始まった。(「チゲ」とは鍋のこと。)安くてボリュームのある庶民の鍋ものだ。本場韓国ソウルでは、とくに大学生にうけているそうだ。

 鶏がらスープにキムチ、唐辛子にネギ、ニンニクに、スパムソーセージ、荒挽ウィンナー、豆腐、そして「辛ラーメン」の麺を入れて煮込むのが定番だそうで、これを食べながらお酒が進む。しかもおなかがふくれる。プデチゲ2人前で2,650円。もし、もの足りなければ、インスタントラーメンの麺だけ追加で注文するなり、残ったスープにごはんを入れて食べればよろしい。(お店の韓国人店員さんのアドバイス)

 韓国焼酎は有名だが、このところ大人気なのが《眞露チャミスル》である。これは普通のJINROとは違う。竹炭で3回ろ過した、まろやかな焼酎だ。1本360mの小瓶なので氷を入れてストレートで飲む。すっきりした味わいで、アルコール度数はそれでも20.1度。飲む気になると一人で2~3本は飲める。「韓国焼酎」は、ちょっとクセがあってどうも、という人にはおすすめ。チャミスル小瓶の小売価格は1本420円程度。Jinro_chami201_pic01

 とても通俗的ではあるが、夏はスタミナをつけ、滋養強壮のためにも汗をかきながら熱々のプテチゲを食べよう。眞露チャミスルも二日酔いには無縁だそうだ。

このほか、韓国料理では、韓国餅の「トッポッキ」をはじめ、高麗人参・ニンニク・なつめ・栗が入った、丸ごとチキンの「参鶏湯(サムゲタン)」もおいしい。

なんだか、急に韓国へ行きたくなってきた。(写真:部隊チゲ/ホドツアー提供)

       韓国料理 ママチプ新橋店(新橋駅烏森からすもり出口徒歩3分)

       住所:

東京都港区新橋3-14-7

(ゆうきビル2F)

       TEL03(3433)3995 

       営業:17:0024:00(定休日:日曜・祝日)

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