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2007年10月の16件の記事

《風水都市 江戸》鬼門・裏鬼門

江戸造営に際し、陰陽道の四神相応の考え方(風水)がもちいられたことは、過日、このブログでも書いた。調べていくうちに、「鬼門」と「裏鬼門」についても、様々な説があることがわかった。

 天海僧正の上野「寛永寺」が、江戸城の東北方向から若干ずれていて、実は本当の鬼門ではないという説もある。では実際はどこなのか。比叡山で天台の法力、すなわち「鬼門封じ」を学んだ天海が、実は浅草寺(もしくは境内にある浅草神社)を徳川家康に、鬼門封じとして推薦したともいわれる。浅草寺は徳川家の祈祷所と決められ、幕府から寺領500石を寄進された。さらに観音堂(浅草寺本堂)が火災で炎上した際、三代将軍家光により、慶安2年(1649)再建されたこともよく知られている。

また徳川家の菩提寺として知られる「増上寺」も裏鬼門の位置にあるが、実際のそれは、赤坂のTBS近くの日枝神社(ひえじんじゃ山王権現)ともいわれている。

さらに鬼門封じとして、かの平将門(たいらのまさかど)を祀った「神田明神(神田神社)」も江戸の総鎮守(江戸の町の守護神)として、知られている。この神田明神と関連して、東京の大手町にある「将門塚」も見逃せない。

今回はフィールド・ワークとして、これら江戸の鬼門・裏鬼門を取り上げてみたいと思う。もちろん日本思想史や日本文化史、宗教史などという大袈裟なものではない。実際に現地におもむき、感じとった印象と、その地にある歴史を述べてみたいと思う。

(参考:『日光東照宮 隠された真実』宮元建治著)

鬼門・裏鬼門の図は同書から引用しました。右上から寛永寺、神田神社、浅草寺、

真中は江戸城の本丸、左下は日枝神社、増上寺

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スーパースター陰陽師《安倍晴明》再びみたび

 京都の晴明神社にある「由緒」看板には、神社の由来についてつぎのように書かれている。

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寛弘2年(1005)9月26日、安倍晴明は、85歳で亡くなられた。時の一条天皇が御鎮霊の勅旨を出して、晴明公邸址(あと)に寛弘4年(1007)、神として祀られ、現在にいたります。(詳しくは、私の撮影した看板を参照)+++++++++++++++++++++++++++

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最近の研究では、安倍晴明の住居はこの神社の現在位置(京都市上京区堀川通一条上ル晴明町806)ではなく、もう少し南東といわれている。これは山下克明先生らの説によれば、現在の晴明神社のある場所に安倍晴明があったとすれば、「平安京」の外側に住んでいたことになり、どう考えても不自然だということだそうだ。

平安時代後期の12世紀はじめに書かれた、説話集『今昔物語』や9世紀半ばから11世紀半ばの歴史書『大鏡』には、安倍晴明の住まいについての記述があり、それらによれば、現在の住居表示では「上京区上長者通西洞院東入ル」となり、平安京の都のもっとも北側(東北方向)になる。この時代の表示では、タテは西洞院大路でヨコは土御門大路となり、現在の「土御門町」付近だ。晴明の家系は、その後、陰陽師宗家の「土御門(つちみかど)家」として代々受け継がれていったわけで、この「家名」の由来も納得できる。(写真:上/下 たろべえ撮影)

■今回の記事については、京都の文化や歴史を丹念に調べ続け、広く世間に紹介している定評あるサイト『平安京探偵団』を参考にさせていただきました。

地図は平安京探偵団さん作成のもの

http://homepage1.nifty.com/heiankyo/heian/heian44.html

また、山下克明先生(青山学院大学講師・大東文化大学東洋研究所兼任研究員)の研究論文は、つぎのとおりです。

「安倍晴明の邸宅とその伝領」『日本歴史』632、2001年1月号

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《風水都市 江戸》

 都市の東西南北には、それぞれ守護神に守られている地形がある。これを風水では、

四神相応(ししんそうおう)」という。以前、《平安京》(京都)が風水都市であることは、このブログでふれた。(平成19年2月4日)“京都は風水都市《平安京》”

http://tabikoborebanashi.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_d0d6.html

 江戸についても、都市造営に際して「風水」の思想が取り入れられたそうだ。四神相応について、整理してみる。

 北)玄武:龍脈(気の流れる道)の発生場所。高台、大地、山。

 東)青龍:清流(川の流れ)を意味する。

 南)朱雀:川が注ぎ込む池(海)がある。または平野。

 西)白虎:都にこもった邪気を放出する。大きな街道、道など。

 江戸の造営にあたり、当初はつぎの四神相応が考えられていた。

■北)玄武:麹町台地(江戸城の北辺警護のため、実際には造成工事がおこなわれ、武家の住む地域となった)

■東)青龍:平川(後の神田川)

■南)朱雀:日比谷の入り江

■西)白虎:東海道

であったそうだ。これが江戸の地域拡大に伴い、変化していった。

 すなわち、

■北)玄武:本郷台

■東)青龍:大川(隅田川)

■南)朱雀:江戸湾(江戸湊)

■西)白虎:甲州街道

 徳川家康の懐刀(ふところがたな)でもあった、天海大僧正は、江戸城の北東方向、つまり「鬼門」(鬼、不吉なもの邪悪なものが出入りする)の方角に、寛永寺を開いた。この寛永寺こそ、平安京(京都)造営に際して、鬼門封じのために開いた「比叡山」延暦寺にならい、山号を東の叡山として「東叡山」としたといわれている。

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 この天海は、おそるべきことに108歳まで生き、実に家康、二代秀忠、三代家光の3人将軍に仕えたそうだ。秀忠の隠居後の寛永2年(1625)、家光のときに寛永寺を造営した。初代住職が天海である。川越の喜多院の復興、家康の墓がある「日光 東照宮」も天海がおおいに関係している。

 寛永寺は、天台宗関東総本山として、いまの上野公園全体に敷地があったが、残念なことに幕末から明治にかけての「上野戦争」(慶応4年1868)で彰義隊の戦場となり、多くの伽藍が消失した。現在、上野に残るのは「清水観音堂」など数箇所である。

(最盛期には寛永寺の寺領は、上野公園どころではなく、いまの上野駅を越え、昭和通り近くまであり、かなり広大な敷地であったそうだ。このあたりは、またつぎの機会に)

Photo ※写真:たろべえ、天海僧正は「日光神橋近くの像」から

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《コッツウォルズ》で和食を

 もっとも英国らしい田舎《コッツウォルズ》を旅する方に限ったことではないが、長く海外を旅していると、無性に日本食が食べたくなる。体にしみついた食文化は、なかなか、忘れられないもので、とくに疲れたときや元気がないときは、ごはんに限る。

 ひと昔前は海外旅行先で「日本食」がない場合、中華料理レストランを必ず、行程中に入れたものだ。おどろくべきことに、日本人が行く旅行先には、和食レストランはなくても、必ず「チャイニーズ・レストラン」があった。お米を食べると、チャーハンでも落ち着くものだ。

最近では、「日本食」レストランだ、とあわてて入ると、だまされることがある。

ニュージーランド、オークランドのアジアン(エイジアン)・フードコートの話。インド料理、中華料理にタイ料理、ベトナム料理に交じって、「日本料理」があった。そこでさっそく、寿司や天ぷら、焼肉が入った「MAKUNOUCHI BENTO」(幕の内弁当)を注文。しかし日本語は通じない。しばらくして出来上がってきた料理は、確かにメニュー写真のとおりだが、漬物のかわりに、「キムチ」がついている。寿司に添えられた醤油は、明らかに日本のものではなく、漢方のにおいのする中国醤油だ。焼肉は、やたらとおいしい。この店は、「コリアン ジャパニ-ズ」で、韓国系の方が経営する「日本食」風だった。(なんとなく様子がおかしいので、よく観察すればわかる)

ところで《コッツウォルズ》にスウィンドン(スインドンSwindon)という町がある。ロンドンから約130㎞、車で2時間程だが、ここに「スタントン ハウス」というマナーハウスがある。このホテルは、本格的な日本食レストランで有名だ。それもそのはず、このマナーハウスのオーナーは、世界のHONDA(二輪や車のホンダ)である。スウィントンにはHONDAのイギリス工場がある関係で、中世の貴族の館を買い取り、ホテル経営をしているらしい。もちろん物価高のイギリスなので。安くはないが、現地でも評判のうまさだそうだ。

Night

http://www.honda-kaihatsu.co.jp/stanton/

多くのブログに紹介されているので、みてほしい。

http://jhoso.blog18.fc2.com/blog-entry-512.html

ロンドンから1泊でコッツウォルズへ家族旅行、スウィンドンのスタントンホテルの紹介あり。

http://riat.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/714_8189.html

英国旅行の写真が秀逸。記事は短い。スウィンドンのスタントンホテルの写真あり。

http://plaza.rakuten.co.jp/yukariwain/diary/200704160000

Mrs.Wainのイギリス生活日記(スタントンホテルの大特集)

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修学旅行生に人気、京都《晴明神社》

Photo_2  京都の堀川通りにある《晴明神社》、陰陽師・安部晴明(あべのせいめい)ゆかりの神社である。この神社で休憩していると、ひっきりなしに修学旅行生がやって来る。よくよく、晴明神社の由緒看板をみると、御神徳は「魔除け 厄除け 病気平癒 火除け 方除け」とある。別段、受験の神様ではない。

 「修学旅行の生徒さんが多いですね」、と社務所で巫女(みこ)さんに話しかけてみた。大変、親切な方で、

「修学旅行生さんに100円のおみくじをひいていただき、そのおみくじを提示いただければ、『晴明神社ガイド』と携帯ストラップをおみやげにさしあげています」とのこと。おまけに見本で1部いただいた。ストラップまでもらってしまった。

 

 このガイドは、安部晴明の紹介、神社の歴史、「一条戻橋」の説明をはじめ、「受験生のお守りとそのご利益」、「おみくじの素朴な疑問」や「式神(しきがみ)」の解説などが、中高生にもわかりやすく書かれている。

 安倍晴明を語るキーワードは、「陰陽道」であり、「一条戻橋」と「式神」ははずせないから、この修学旅行生対象のガイドブックは、よくできている。もっと突っ込むと晴明の数々のエピソードやライバル《葦屋道満》との、熾烈な戦いなども知ってほしいところである。(このあたりについては、機会があれば紹介していきたい)

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魚定食はなんといっても神田《三州屋》

東京の神田支店にいた頃からの行きつけの定食屋・居酒屋がある。すでに十年以上になる。夜も捨てがたいが、お昼の魚定食がよい。久しぶりに神田で打合せがあったので、食べた。

 この店《三州屋》の定番は、なんといっても「銀むつあら煮定食」だ。甘辛でじっくり煮込んだ銀むつ。実は高級魚だそうだ。(銀むつは「メロ」と呼ばれるチリやアルゼンチン近くで獲れる魚)脂(あぶら)が乗っていて、白身には旨味もある。

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 ここの銀むつは、やわらかくて中まで味がしみ込んでいる。少し小骨もあるが、あたり前の話。これにやわらかく炊いたごはんが、丼に大盛りだ。魚の味が濃い目の関東風だからごはんが進む。みそ汁は、基本が「とうふ」の赤だしだが、オプションで頼む「あさりの赤だし」が最高だ。お碗のフタをあけると、赤だしに浮かぶ貝がたっぷり。あさりがあふれるばかりだ。味は濃厚である。出汁(だし)が効いている。定食はこれに白菜の漬物がつく。(銀むつあら煮定食:790円[とうふ汁]、890円[なめこ]、910円[あさり])

店に入り席につくと、白い割烹着の、まったく愛想のないおばちゃんが、

「何にします?」

「銀むつ!!」

「みそ汁は?」

「あ・さ・り」

実に会話が少ない店だが、これがここ《三州屋》の流儀。もしも、「何にしますか」、の質問にまごまごしたり、「みそ汁は?」、の問いかけに。「えっ?」などと答えると、「みそ汁はとうふ、なめこ、あさりがあるの。どれにします?」ってな具合で、高圧的にいわれる店なのだ。(定食は、このほか、刺身盛合せ、さんま塩焼き、ぶり照り焼き、かれい照焼・煮つけ、さば塩焼きもある)

 しかし、この店のプアーな接客態度など、補っても余りあるほど、「銀むつあら煮定食」はおいしいのだから仕方がない。L字形のカウンター席にするのが通だが、テーブル席(8人掛け)2つと小上がり(4人掛け2つ)もある。

※実は神田には、「三州屋」が2店舗あり、この銀むつを紹介する多くのブログは、2店を混同している。おすすめの神田本店は、交番の横。神田駅北口徒歩2分。

(写真:たろべえ撮影)

    東京都千代田区内神田3-21-5(内神田3-22-5にも三州屋がある)

    TEL:03(3256)3507(もうひとつの三州屋は3252-3035)

    定休日:日曜・祝日 営業時間/11:50~22:30

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《コッツウォルズ》英国でもっとも美しい田舎

 先日、ニューオータニでおこなわれた「英国ワークショップ」に出席した。

年配の紳士が、担当のイギリス人に向かって日本語で質問していた。残念ながら彼は日本語を理解できない。おせっかいかと思ったが、通訳を買って出た。

 名刺をみると、この紳士は某大手旅行会社の部長さん。

「コッツウォルズは、もっとも英国らしい場所だそうですね」

「行かれたことがございますか?」

「いいえ、行った人からきいたので」

「ぜひ、おこしください」

ここで会話が終わる。

 大柄なイギリス男性は、コッツウォルズのグロスターシャー観光局の代表で、クリス・ディー氏(Chris Dee, Chairman, Gloucestershire Tourism)。私は、オックスフォードを含めると三度ほど、コッツウォルズに行ったことがある。この地域は、町ではなく、カントリーサイドがすばらしい。

 Cotswolds(コッツウォルズ)とは、古い英語で「羊小屋のある丘」という意味で、この地域は中世から羊毛産業の集散地として栄えたそうだ。ロンドンからは西へ約200㎞あり、およそ東西60㎞、南北160㎞の広大な広さの丘陵地帯。石灰岩(ライムストーン)をつかった家々が、街並みを形成していて、日本のガイドブック的にいえば、家の外観から「はちみつ色」の街だ。まさにどの風景をとっても絵になる感じで、確かに時がゆっくり流れている。

 大きなホテル、近代的なホテルでは少ないのだが、旧貴族の館である「マナーハウス」や小ホテル(BB)がおすすめ。とかく悪評の高いイギリス食文化の中でも、コッツウォルズのホテルのオープンテラスで食べた、肉料理やオーガニックな野菜サラダは、絶妙の味だった。中庭の花が咲きみだれ、料理に使われたハーブの香りが、歩き疲れた1日を癒してくれる。(もちろん地ビールは最高だ)

 クリス・ディー氏の話では、コッツウォルズを訪れる日本人観光客は、結構多いとのこと。最近では、日本人の「母と娘」が「レンタカー」で田舎を回っているケースも増えたそうだ。そう、ここコッツウォルズの最大の欠点は、交通の便が悪いこと。主要都市には、鉄道が走っているが、小さな村へ行くには足がない。だからこそ、もっとも英国らしい田舎の風景が残っているのかもしれない。

(画像:コッツウォルズ・ジャパン・パートナーシップ提供、画像はクリックで拡大)

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《しまね和牛》と《出雲そば》

 「首都圏島根県観光情報説明会」終了後、交流会(懇親会パーティー)が開かれた。

選び抜かれた島根の食材が披露された。こちらは、なかなかどうして逸品揃いだ。

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《しまね和牛》「食材おしながき」から

高級牛肉の産地として知られる但馬や松坂をはじめ全国の和牛農家が繁殖用として競って購入し、全国的に認知されるようになりました。鮮やかな色合いと、きめ細かな霜降り、深いコクと風味豊かな味わいが特徴です。(しまね県産品ブランド化重点産品)

 食べてみた。ホテルオークラの一流シェフが肉を焼く。赤ワインソースだ。間違いなくうまい。もちろん歴史がある。古くから出雲や石見の山間部では、「たたら製鉄」の主産地であり、その輸送手段に牛馬が使われたため、牧畜が盛んであったそうだ。昭和30年代に入り、輸送手段の変遷とともに、次第に良質な肉牛飼育へとかわっていった。

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《出雲そば》「食材おしながき」から

そばの実を甘皮まで一緒にひくため色は濃いめで、香りが強く、コシがあります。3段に重ねた丸い容器に盛られたそばに薬味とだし汁を入れていただく「割子そば」が食べ方の定番です。

 確かに普通のそばより、色が黒い。そばの殻つき(玄そば)のまま挽いたそば粉の二八そばである。玄そばにはビタミン、ミネラルも豊富に含まれているというから、実にヘルシーだ。出雲地方では昔から「重箱」のことを「割子」と呼び、野外でそばを食べるときのお弁当箱であったという。食べ方は、そばの上に薬味(わけぎ)と大根おろしと海苔をのせ、濃い目の汁を少々かける。(食べ終わったときに汁が残らない程度に)

なかなかうまいそばである。

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 さてこのほかにも「ノドグロ」、「隠岐のいわがき」、「宍道湖産ヤマトシジミ」などの島根を代表する食材もあった。(いわがきは時期のせいか、小振りだった。シジミは鮮度の関係か以前、地元で食べた方が格段においしかった)

 それでも島根の食文化は、すばらしい。

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世界遺産《石見銀山》のおかげで大人気の《首都圏島根県観光情報説明会》

 島根県の観光情報説明会が、ホテルオークラでおこなわれた。今年7月、世界遺産に登録されたためか、例年より80名も多い320名の出席者と地元関係者が約80名。しかもこの観光情報説明会は、この4月に当選した溝口善兵衛島根県知事も出席だ。

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 説明会はパワーポイントや映像を中心に、てきぱきと展開していくが、やはり今年は「石見銀山」の説明に参加者の関心が高かった。(旅行会社各社、JR・航空会社関係、マスコミ・メディア関係)

さて、ユネスコの世界遺産に登録された7月から9月までの石見銀山への観光客入場者数は、なんと昨年同時期の4.5倍だそうだ。この地域は「自然との共生、環境への配慮」をテーマに、ゆったりとした時間の中での日本の良さを体感していただきたいそうだが、どうも現実はきびしいらしい。

石見銀山方式の「パークアンドライド」で、観光バスやマイカーは、銀山の手前2㎞から侵入禁止だ。その先は路線バス利用。しかもピーク時は、そのバスが満員で大量の積み残しが出る始末だそうだ。このシステムは、「遺跡と自然と人々の暮しの」調和のために導入したという。プレゼンに立った行政の方は、つぎのようにもいっていた。

団体で来るときは、ピークを避けてほしい。個人(パーソナル型)で来るときは、時間をかけてほしい。石見銀山での滞在時間を伸ばす(旅行)商品をつくってほしい。銀山のモデルコースは、町なみ90分、銀山150分の合計4時間。しかもできれば「散策観光」で歩いたり、レンタサイクルを利用してほしい。鉱山をよく知るため「事前学習」をぜひ、してきてほしい。できれば(予約制の)現地ガイドとともに歩いてほしい。

私は以前(世界遺産登録前)、石見を訪れたことがある。確かに山間(やまあい)の静かな場所だ。しかし、これがどうして「世界遺産」なのか、もうひとつ疑問だ。

確かに話題性がある。しかし永久にブームは続かない。広島から2時間半で行ける距離だから、石見近郊の温泉地が潤う保証はない。「出雲」と「石見」と「隠岐」の島根はあまり銀山にばかり特化していると、世界遺産が飽きられたとき、観光地として生き残っていけるのだろうか。

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とりあえず、京都だから《金閣寺》へ行こう

 今年の7月に京都市(産業観光局観光部観光企画課)が発表した統計によると、昨年の一年間で京都を訪れた観光客数は、6年連続で過去最高の4839万1千人であったそうだ。年間5000万人も夢の話ではなさそうだ。

 訪問先は、清水寺が20年連続でトップ。続いて嵐山、金閣寺、銀閣寺の順番だ。だから、京都の初心者なら定期観光バス(京阪バス・京都市交通局)の「京の半日コース

(京都駅→金閣寺→銀閣寺→清水寺→京都駅、5時間5,000円)」に乗車すれば、効率的に回ることができる。〔それじゃあ、嵐山はどうするんだ、といえば、のんびりJRか市バスで行くとよい。嵯峨野・嵐山が1セットで最低半日といったところ〕

 さて今回は高校生の修学旅行の「班別自主研修日」のため、チェック・ポイントではないが、何十年かぶりで「とりあえず、京都だから」《金閣寺》へ行ってみた。なるほど黄金に輝いている。昭和62年(1987)に金箔の張替えや漆(うるし)の塗り替えをおこなったそうだから、30年以上も来ていなかったわけだ。それにしても外国人が多い。修学旅行生も班別行動ではあるが、実にたくさんいる。表現は悪いが、ここ金閣寺は観光客が、うじゃうじゃいる。つぎからつぎへと訪問客がわいてくる。

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 総門をくぐって唐門の拝観受付で、個人400円の拝観料を払い、正面が池(鏡湖池)である。池のまわりから、例の三層で金色の舎利殿(金閣)がみえる。世界遺産である。小説でも知られるように、この金閣は昭和25年(1950)、修行僧の放火により炎上、現在の建物は昭和30年(1955)に再建されたものだ。日本人も外国人も修学旅行生もデジカメや携帯(電話の)カメラのオンパレード。金閣寺は、不思議なことに被写体としては、誰が撮ってもよい写真になる。池のまわりを回って裏手の高台から一回りで拝観は終了。実に効率的に観光客を入れ替えている。(金閣・舎利殿のほかにも建物はあるのだけれど、ここは金閣だけが見所なのである)

 それからこれは、バスガイドさんのネタなのだが、「金閣寺」は正式名称ではなく通称である。正式には《臨済宗相国寺境外塔頭・北山・鹿苑寺》(ほくざん・ろくおんじ)という。お釈迦様の骨(舎利)をおまつりする舎利殿を「金閣」と呼ぶため、お寺全体が「金閣寺」となったわけだ。開基は、応永4年(1397)足利三代将軍・義満で、はじめは北山の豪華な山荘であったが、義満の死後、有名な禅寺建築・庭園設計の夢窓疎石(むそうそせき)が開山したといわれる。

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 私、個人的には「どこがいいのか金閣寺 光輝く世界の遺産?」(たろべえ)

(写真:たろべえ撮影)

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京都の町屋でひと休み《あわ餅 澤屋》

 京都を散策すると、ついつい歩き過ぎてしまう。お疲れのときには、やはり甘いものとお茶をいただく。いつの世も「茶店」はありがたい。というわけで、北野天満宮前のバス亭近くに、うわさの北野名物《あわ餅》の店をみつけて飛び込んだ。

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 町屋づくりの澤屋(さわや)では、販売が主体だが、名物のあわ餅(お茶つき)がいただける。お店の中には、小さなテーブルが3つ。さっそく一人前を注文する。つきたてを食す。直径3cmのほどの「あん」(こし餡)だんご3個と長さ8cmほどの「きなこ」餅が2個だ。小さな木ぐしで口に入れると、上品な甘さで、もちろんやわらかい。1皿525円。(こし餡がとくにおすすめである)これはうまい。

 粟(あわ)は、イネ科の雑穀だが、最近の健康ブームで見直されているようだ。粟などを混ぜた「五穀米」などもよく目にする。ビタミンB群、鉄分、ミネラルをはじめ、食物繊維も豊富に含まれているそうだ。

 現在の澤屋さんが12代目とのことで、店内に掲示してある、由緒書を拝見。祖先は河内の住人で、主君・楠正行(くすのきまさつら)公の死後、その首塚を守るため、京の洛西嵯峨野に草庵を結んで住んだ。南北朝の時代で、家来たちへの楠方の仇・足利幕府一族の追及も激しくなる。澤屋さんの祖先は、足利の追手を逃れるため、農民の姿に身を落として生き続けた。そのうち、天文年間(1532~1554)、自分の畑で収穫した「粟」をついて「餅」をつくり、北野天満宮境内で売り始めた。これが評判となり、北野名物として世に知られるようになったそうだ。実に450年以上も続く名物だ。

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 澤屋さん作成の「北野名物粟餅の由来」というパンフレットによれば、江戸時代のはじめ、寛永15年(1638年)発行の《毛吹草》(けふきぐさ:松江重頼著、江戸初期の俳諧の解説書で季語などのほか、諸国名物も紹介している書物。最近の研究では、正保2年1645年発刊が定説)に「山城名物北野粟餅」と記されている。したがって江戸時代には、間違いなく北野名物であったようだ。その後の天和2年(1682年)から、現在の場所で「茶店」を続けている。

 なお、楠正行(まさつら1326~1348)の父は、有名な楠正成(まさしげ)。正行の首塚(墓)は、臨済宗の寺で紅葉の名所・善入山宝筐院(ほうきょういん:京都市右京区)にあり、胴体を葬った墓は、正行が本陣を張った、岩瀧山往生院六萬寺(大阪府東大阪市六万寺町)にあるそうだ。(離ればなれだ)

 ちなみに、こちらの《あわ餅》は「時間がたつと固くなりますので必ず本日中に召し上がりください。なお餡三個に砂糖を入れ煮ていただきますとおいしいおしるこができます」ということだそうだ。

(毎月25日の天神さんの日は、行列ができるほどの混雑のため、要注意)

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    住所/京都市上京区北野天満宮前西入紙屋川町838-7

    TEL/075-461-4517

    交通/京都市バス「北野天満宮前」徒歩1分

    営業時間/09:00~17:00(木曜定休、毎月26日定休)

(写真:たろべえ)

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《こころのふるさと癒しの四国》

 四国4県とJR四国が、がっぷり四つに組んだ「四国観光立県推進協議会」。年に一度の大イベント「2007こころのふるさと 癒しの四国 観光プロモーション会議」が都内で開催された。今年で4回目とのこと。Vfsh0043

 同推進協議会、梅原利之会長(元JR四国社長)の挨拶で始まり、各県の行政、旅館、観光施設、運輸機関など、現地から約200名、首都圏の旅行会社も80名ほどが出席して、有意義な商談がおこなわれた。

 四国は海に囲まれ、山ぐにでもあり、渓谷には四万十川や吉野川も流れ自然が豊かである。さらに海の幸、山の幸のみならず川の恵みに、はぐくまれた食文化もすばらしい。深い歴史に裏付けられた文化施設も充実している。昨今では、四国フィルム・コミッションの誘致もあって映画やテレビドラマのロケ地としても人気がある。さらに団塊の世代から若い世代まで、巡礼の歩く遍路もブームになっている。そこで、4県が力を合わせて、少しでも多くの観光客を四国にお迎えしたい。(梅原会長)

 四国全体の広域な観光プロモーションで、かなり力の入ったイベントといえる。ビデオを見ながらの各県の最新情報の説明は、テンポがよく、効果的であった。ところがその後の会場を移しての「商談会」は、現地サイドの出席者が多すぎるため、名刺交換だけでも1時間では終わらない。いやはや大変な商談会であった。それでも四国の施設さんの意気込みや熱気が感じられ、ここはひとつ、観光客送客に協力していきたい。

 さて夕方のレセプションでは、四国各県のブースが並び、郷土料理や地酒がふるまわれた。なかでもおすすめは、高知の「田舎寿司」である。土佐といえば、かつおのたたきや皿鉢料理が有名だが、このお寿司は素朴でおいしい。

Vfsh0045 《田舎寿司》は高知の山間部を中心につくられてきた伝統的な庶民の味。タケノコ、

リュウキュウ(別名ハスイモ、芋の茎の部分を食べる)、ミョウガ、椎茸、こんにゃくなどの山の素材をふんだんにつかった料理だ。ベースはユズの効いた酢めしだ。具材は砂糖と醤油で煮たタケノコ、椎茸、こんにゃくに、塩もみして酢で味つけしたミョウガとリュウキュウ。

 高知では祝いごとや宴会につきもののお寿司だそうだ。実際に食べてみると、これがさっぱりしておいしい。ユズがポイントだ。とくにミョウガ寿司は絶品である。

(写真:料理関係は四国観光立県推進協議会提供、当日の会議の様子と田舎寿司はたろべえ撮影)

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《錦市場》を行ったり来たり

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 テレビでは何度もみたが、京都の《錦(にしき)市場》には、まだ行ったことがなかった。すぐ近くの新京極には何度も足を運んでいたのに。今回、高校の修学旅行、班別研修の日、はじめて行ってみた。

 《錦市場》の出発点は、東の「寺町通り」で終点は西「高倉通り」。距離にして390mである。それも道幅4、5mの細長いアーケードになっている。「市場」というと、平面的な広さを想像しがちだが、ここは細長い商店街だ。歴史もあり400年もの昔から続く、京都の台所だ。目印は河原町から四条烏丸。

 さっさかさっさか歩けば、10分ほどで寺町から高倉の百貨店裏までたどり着けるが、130もの店先にならぶ京漬物、京野菜、旬の魚類、お惣菜などなどに目を奪われ、試食というつまみ食いも可能だから、ついつい《錦市場》を行ったり来たり。

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 この季節、漬物屋さんの店先には、大好きな「千枚漬」があり、八百屋さんでは、京野菜に並んで、丹波の栗や松茸も出ている。旬の鱧(はも)入りのだし巻き(タマゴ)、山椒ちりめん、昆布の佃煮も食指を誘う。豆腐や湯葉もある。所々では、つまみ食いのほか、豆腐ドーナツや麩饅頭など食べ歩きもできる。もちろん、洒落たカフェや食堂もある。串焼きを大きな口に、ほうばる外人さんもたくさんいる。修学旅行の中高生もゾロゾロいる。どうやら水曜日にはお休みの店も多いらしいが、普通の日の朝9時頃から夕方5時頃までに行けば、十分に行ったり来たりできる。

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 観光客も地元の人も、自然に歩ける。間違いなく、ここは京都の食文化を体感できる場所である。(写真:たろべえ)

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日本のハリウッド《太秦映画村》

 修学旅行の定番、「東映太秦(うずまさ)映画村」を侮(あなど)ってはならない。大人が行っても素直に楽しめる場所である。今回は修学旅行の「文化施設研修」ということで、映画村の営業の方にお話をしていただいた。

 映画の斜陽化と共に、映画村の入場者も減少。「時代劇」離れも進んでいる。そんな中でもなんとか経営を維持している。江戸の町並みを再現し、オープンセットでは実際に時代劇の撮影もおこなわれており、運が良ければ撮影現場に遭遇する。

 なんと《水戸黄門》の撮影に出くわした。来年、1月から放映を開始する「第38シリーズ」だ。目の前の里見浩太朗さんは、堂々としてやっぱり黄門様の威厳がある。中でもオーラを放っていたのは、由美かおるさんで、遠目でも美しい。思わず見とれてしまい、写真撮影ができなかった。Photo

 さてさてこの映画村であるが、江戸の町人文化を代表する「長屋」では、様々なことを学べるそうだ。高齢化社会の現代でも問題となっている「介護」、大量消費時代から「質素・倹約」、「リサイクル」の世の中へ、またお互いに助け合う「共生」の社会の確立。もちろん、進んで人に手を貸す「ボランティア」の精神も健在だった。Vfsh0042_3

 このように現代人への多くの示唆に富む「江戸」が、いま見直されている。現代社会がかかえる諸問題を解決するヒントが、長屋の町並みにあるという。

 水戸黄門様の諸国漫遊の旅については、史実とかけ離れているようだが、江戸時代の庶民の生活を映し出す、この人気ドラマはおもしろい。京都に行く機会があれば、ぜひ太秦へお出かけいただきたい。

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京都の隠れた名店《蔵》

 修学旅行の添乗で京都へ行った。最近は班別の研修が流行りで、その日は、北野天満宮が「チェックポイント」であったため、天満宮に待機。お昼時を過ぎたので、タクシーの運転手にきいた、北野の店を探した。

 この界隈は、南禅寺や清水と同様に「豆腐料理」も有名だ。そこでランチタイムは、

「蔵(くら)」という、文字どおり蔵を改造した和食の店へ。カウンターが5、6席。テーブル席が2つ。薄暗い店内だが、混んでいる。

 そこで《おばんざい定食》を注文。20人前限定で850円だ。「おばんざい」とは、京都の家庭料理のことで、季節の野菜を調理した「普通の」惣菜で、多種多様だ。おふくろの味といったところだ。Vfsh0035

 おばんざい定食の内容はつぎのとおり。

    揚げ出し豆腐

    だしまき(タマゴ焼き)、小芋、かぼちゃのたいたん(煮物)

    きんぴらごぼう

    お茄子の揚げ浸し

    おみそ汁(豆腐とわかめ)

    お漬物(柴漬け)、白ごはん

なんといっても揚げ出し豆腐が絶品だった。そのほか、全体的には薄味だが、それでもしっかりした味がついている。特別なごちそうではないが、これで850円なら納得である。この定食以外のも北野そば(中華そば)600円、蔵定食1,150円、湯どうふ御膳1,500円などもある。

 カウンターには九州の麦焼酎や日本酒の久保田や八海山もあるが、ご主人の本田さんにうかがうと、いまは人手不足でお昼の営業しかできないそうだ。これだけ、酒の肴にマッチする「おばんざい」があるのに、実にもったない話。

       

        京都市上京区御前通今出川上ル馬喰町886(北野天満宮に向かって右側)

        TEL:075(462)9010

        営業/11:30~14:30頃 休み:月曜日

オープンして2年半ほどなので「知る人と知る」店のようだ。Vfsh0033_3

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群馬県館林《花山うどん》

 明日からの添乗に備えて、群馬県の館林(たてばやし)に来ています。「粉と水と空気に恵まれた・うどんの里」ということで、さっそく手打ちうどんを食べた。

 ざるうどん、550円。野菜サラダがつくのは不思議だ。Vfsh0392_2

 東武線の館林駅東口から徒歩2分。《花山うどん》に入る。うどんは白くなめらかでのど越しがよい。手打ちのためか、時間がかかるので急いでいる方やせっかちの人には向かない。

■花山うどん

■館林市本町2-3-48

■0276-74-0178Vfsh0393

 どんな歴史があるのかと、由来を調べてみた。以下は引用。

  良質の小麦を生み出す渡良瀬川と利根川に 挟まれた豊な土壌、山肌を駆け抜けて吹き降ろす力強く爽やかな風、無臭透明な豊富な井戸水。

  館林には美味しいうどんを作るための自然の恵みがあふれています。

  明治27年奉公先の日本橋で瀬戸内の麺の味に触れ、感銘を受けた初代が絶好の条件の整った館林の地で、再現するべくのれんを掲げたのが“花山うどん”です。(《花山うどん》さんのHPより)

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