« 《風水都市 江戸》 | トップページ | 《風水都市 江戸》鬼門・裏鬼門 »

スーパースター陰陽師《安倍晴明》再びみたび

 京都の晴明神社にある「由緒」看板には、神社の由来についてつぎのように書かれている。

+++++++++++++++

寛弘2年(1005)9月26日、安倍晴明は、85歳で亡くなられた。時の一条天皇が御鎮霊の勅旨を出して、晴明公邸址(あと)に寛弘4年(1007)、神として祀られ、現在にいたります。(詳しくは、私の撮影した看板を参照)+++++++++++++++++++++++++++

Vfsh0037_edited_3

最近の研究では、安倍晴明の住居はこの神社の現在位置(京都市上京区堀川通一条上ル晴明町806)ではなく、もう少し南東といわれている。これは山下克明先生らの説によれば、現在の晴明神社のある場所に安倍晴明があったとすれば、「平安京」の外側に住んでいたことになり、どう考えても不自然だということだそうだ。

平安時代後期の12世紀はじめに書かれた、説話集『今昔物語』や9世紀半ばから11世紀半ばの歴史書『大鏡』には、安倍晴明の住まいについての記述があり、それらによれば、現在の住居表示では「上京区上長者通西洞院東入ル」となり、平安京の都のもっとも北側(東北方向)になる。この時代の表示では、タテは西洞院大路でヨコは土御門大路となり、現在の「土御門町」付近だ。晴明の家系は、その後、陰陽師宗家の「土御門(つちみかど)家」として代々受け継がれていったわけで、この「家名」の由来も納得できる。(写真:上/下 たろべえ撮影)

■今回の記事については、京都の文化や歴史を丹念に調べ続け、広く世間に紹介している定評あるサイト『平安京探偵団』を参考にさせていただきました。

地図は平安京探偵団さん作成のもの

http://homepage1.nifty.com/heiankyo/heian/heian44.html

また、山下克明先生(青山学院大学講師・大東文化大学東洋研究所兼任研究員)の研究論文は、つぎのとおりです。

「安倍晴明の邸宅とその伝領」『日本歴史』632、2001年1月号

Vfsh0038_2

Photo_2 

|

« 《風水都市 江戸》 | トップページ | 《風水都市 江戸》鬼門・裏鬼門 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177442/16874125

この記事へのトラックバック一覧です: スーパースター陰陽師《安倍晴明》再びみたび:

« 《風水都市 江戸》 | トップページ | 《風水都市 江戸》鬼門・裏鬼門 »