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《風水都市 江戸》鬼門・裏鬼門

江戸造営に際し、陰陽道の四神相応の考え方(風水)がもちいられたことは、過日、このブログでも書いた。調べていくうちに、「鬼門」と「裏鬼門」についても、様々な説があることがわかった。

 天海僧正の上野「寛永寺」が、江戸城の東北方向から若干ずれていて、実は本当の鬼門ではないという説もある。では実際はどこなのか。比叡山で天台の法力、すなわち「鬼門封じ」を学んだ天海が、実は浅草寺(もしくは境内にある浅草神社)を徳川家康に、鬼門封じとして推薦したともいわれる。浅草寺は徳川家の祈祷所と決められ、幕府から寺領500石を寄進された。さらに観音堂(浅草寺本堂)が火災で炎上した際、三代将軍家光により、慶安2年(1649)再建されたこともよく知られている。

また徳川家の菩提寺として知られる「増上寺」も裏鬼門の位置にあるが、実際のそれは、赤坂のTBS近くの日枝神社(ひえじんじゃ山王権現)ともいわれている。

さらに鬼門封じとして、かの平将門(たいらのまさかど)を祀った「神田明神(神田神社)」も江戸の総鎮守(江戸の町の守護神)として、知られている。この神田明神と関連して、東京の大手町にある「将門塚」も見逃せない。

今回はフィールド・ワークとして、これら江戸の鬼門・裏鬼門を取り上げてみたいと思う。もちろん日本思想史や日本文化史、宗教史などという大袈裟なものではない。実際に現地におもむき、感じとった印象と、その地にある歴史を述べてみたいと思う。

(参考:『日光東照宮 隠された真実』宮元建治著)

鬼門・裏鬼門の図は同書から引用しました。右上から寛永寺、神田神社、浅草寺、

真中は江戸城の本丸、左下は日枝神社、増上寺

Photo_2

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コメント

たろべえさん
安部晴明やら鬼門やら おどろおどろしくなってきましたね。次ぎはどんなネタなのか 楽しみです。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2007年11月 1日 (木) 12時44分

通りすがりさん

なかなかきびしいお言葉、ありがとうございます。「おどろおどろしい」ことにはまってしまったわけではありません。江戸や京都の歴史を読んでいて、いまはそこにたどり着いてしまったのです。

 梅原猛先生ではないけれど、「怨霊(おんりょう)」にも興味があるので、いま調べています。乞うご期待。

投稿: もりたたろべえ | 2007年11月 2日 (金) 00時17分

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昭和51年1月27日生まれのかたの風水利用で幸せに鬼門の方位とも重なりますので [続きを読む]

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