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《観光都市 江戸》今昔話

 「観光」とはなんだろうと、しみじみ考えてみる。神社・仏閣・名所・旧跡に温泉、最近では美術館・博物館にテーマパークを見物したり、「体験」することが、観光だろうか。

江戸時代の「江戸」では、やはり神社やお寺が中心だったに違いない。苦しい時の神頼みは現代でも同じだが、平和な時代であるがこそ、「観光」できるといえる。Bus

 交通手段としては、山手線や地下鉄、バスやタクシーはもちろんない。一般の人々は、ひたすら歩くしかなかった。「江戸」市中とは、どの範囲かといえば、現在の東京二十三区の内側、1日で江戸城から徒歩で往復可能な距離の範囲だったという。遠くておおむね片道で10㎞程度といったところ。

 お城を中心として、文政元年(1818)幕府の出した《文政江戸朱引図》によれば、おおよその目安の観光ポイントは、つぎのとおりになる。御府内つまり江戸市中の範囲を朱色の線を引き囲んだ絵図である。

一番北で、王子稲荷、桜の名所・飛鳥山。北東から東方向で総鎮守・神田明神、寛永寺、娯楽の伝道と神仏のデパート・浅草寺、そして遊興娯楽の吉原。隅田川に吾妻橋、亀戸天神。東に行くと両国橋に人気の回向院(えこういん)。

 南方向は、東に永代橋、富岡八幡宮。南端には、やはり桜と紅葉の品川・御殿山、ヒーロー達の眠る泉岳寺。

南西に、江戸五色の目黒不動。近場では、裏鬼門・増上寺、愛宕山、山王権現社(日枝神社)。

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 これらの地が、「徒歩」による日帰りなのだから昔の人の健脚ぶりには、驚く。しかし旅に出れば、1日に東海道を40㎞も歩いたそうだから、足が丈夫だ。ほとんどが神社仏閣であり、それぞれの門前には、茶屋をはじめ、名物を売る店や見世物小屋なども軒を連ねていただろう。

 現代の東京、はとバスのコース。“東京観光の決定版”人気の「東京半日コース」では、東京駅を朝9時20分に出発。皇居前広場(坂下門→二重橋前→楠正成像)~浅草観音と仲見世~(レインボーブリッジ)~東京タワー~東京駅に14:30着。所要時間は約5時間、昼食なしで5,800円。皇居、浅草、東京タワーの三大観光地は、いまでも変わらず人気なのだとか。(タワーはなかったが、皇居は江戸城と置き換えてよい)

      《文政江戸朱引図》をイメージして作成。

      http://www.viva-edo.com/edo_hanni.html 参考:ビバ!江戸コム

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