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【にっぽん 旅の文化史】《旅行用心集》その2

《旅行用心集》のまずは、「自序」(序文)を全文、書き下し文で紹介する。著者が読みやすいように、送りかなを加えた箇所やふりがなをつけた。この流れるような文章を味わってほしい。2_2

 夫(それ)人々、家業の暇(いとま)に伊勢参宮に旅立するとて其(その)用意をなし、道連等約束し、いつ何日(いつか)は吉日と定(さだめ)、爰彼(ここかしこ)より餞別物杯(せんべつものなど)到来し、家内も其支度(そのしたく)とりどりに心も浮立(うきたつ)斗(ばかり)いさきよきものはなし。

 殊(こと)に首途(かどいで)の日は親族朋友の徒(ともがら)、其所の町はつれまで送行(おくりゆき)、酒宴を催し、旅中の心得にもと思ふことを面々親切に心付る類は各皆実意にて、脇眼よりも羨敷(うらやましき)もの也。

 其外(そのほか)勤務(つとめ)、渡世の事にて年毎に四方の国々へ旅立するは、老若ともに気のはりありて、是程いさましき物はなし。

 東国の人は伊勢より大和、京、大坂、四国、九州迄も名所、旧跡、神社、仏閣を見回(めぐ)り、西国の人は伊勢より江戸、鹿島、香取、日光、奥州松島、象潟(きさがた)、信州善光寺迄拝み回らんことを願ふなり。

 されば家内息災にて家業繁栄の徒、主人は勿論、家来、眷属(けんぞく)に至迄、伊勢参宮の願は成就する事のならわしは、我神国の有かたきことならずや。

 抑(そもそも)士農工商の徒、日々其家業を正直にして、専ら勤(つとめ)怠らされば、一日として乏きことなく、生涯安穏に暮し楽む事、偏(ひとえ)に神仏の教を守の感応なるべし。

 然(しかれ)とも其中に、富貴の人にても生得(しょうとく)病身にて心にのみやたけに思ふとも、自ら旅行し珍敷(めずらしき)勝景(けしき)を見て山坂を歩行(あゆみ)、大山(たいさん)霊場に登ることあたはず、偶(たまたま)駕籠にて旅行すれとも病身にては、いかなる金銀財宝にあかしするとも貧者の壮健(すこやか)なる楽みに及ふことあたわざるは無念ならずや。

 しかるに富貴の人は更也、貧賎にても其身壮健にして参宮旅行すること此上なき幸ひなりといふべし。

 扨(さて)旅行する人、発足の日より嗜むべきは、譬(たとえ)家来ある人なりとも股引、草鞋等迄も自ら着し、朝夕の喰事等も心に叶ぬことを堪忍して喰ふことを、面々の能(よき)修行成と知へし。

 されば泊々(とまりどまり)土地、処の風俗によつて、けしからぬ塩梅の違あるものなり。此等の事を兼而心得居(おら)ねば、大に了簡違ふものなり。

 或は風雨に逢(あう)日もあり、又は泊の都合にて早朝より霧の深きに山をこへ、夜は夜具の薄きを纒(まと)ひ、或は道連、仲間に不和を生じ、或は足痛の人ありて道に後れ、又は偏地の寒暖によつて持病発(おこ)りて難義に及ふこともあり。されとも我々か内にて、薬療の手当するやうなることはならず。

 長旅の艱難(かんなん)千辛万苦いふへからず。

 依之(これにより)旅は若輩の能(よき)修行成といひ、又諺にも可愛子には旅をさすべしとかや。実(げ)に貴賎共に旅行せぬ人ハ、件(くだん)の艱難をしらずして、唯旅は楽(たのしみ)、遊山の為にする様に心得居(おる)故、人情に疎(うとく)、人に対して気随(きずい)多く、陰にて人に笑指さゝるゝこと多かるへし。

 既に大名、公家(こうけ)の貴(たっとき)御方といへども譬強風雨成共、河留(かわとめ)の外は定式の御泊迄御出有こと見て知べし。況や平人の旅行に我儘すべけんや。

 是於(それにより)世上の人、其艱難を凌忍(しのぎしのん)で人情に通し、人の上をよく思ひやらば、人に能人(よきひと)と呼れ立身出世もして子孫繁栄ならんこと現然也。故に可愛子には旅をさすべしとは、其教をいふなるべし。

 されば余、若きより旅行を好んで、四方の国々へ杖曳(つえひき)しを知る友人の、春秋旅立する毎に其枝折(しおり)とも成へきふしを乞ける度々、是彼認(したた)め遣(つかわ)しけるが、近頃は年老て其つとつとに筆取も物うく、又其求に応ぜんもほひなく、是迄人々に認め遣したるを集、其上に又旅の助けに成べきくさくさを思ひ出るに任て書つゝり小冊となし、其攻(せめ)を防(ふせが)む為に人のすゝむるに従ひ梓(あづさ)にちりはめて、旅行用心集とハ名つくることしかり。

→「梓に散りばめる」は版木に彫る、すなわち「印刷する」の意味

 やはり「伊勢参り」は人気であったようだ。江戸時代の人気「観光都市」について

八隅芦菴(蘆庵)は、つぎのように分析している。「東国の人」は、伊勢から大和(奈良)、京

(京都)、大坂(大阪)、四国、九州まで足を伸ばす。

「西国の人」は、伊勢から江戸に出て、鹿島神宮、香取神宮、日光、松島、象潟、信州の善光寺まで回る。

 私が好きな箇所は、下線の部分である。江戸の旅行哲学がつかめる。

 いろいろな土地を旅していると、その場所や習慣の違いによって、自分の思うとおりはならないことが多い。「日常の価値観」をそのまま旅に持ち込むことは、決してよいことではないだろう。

 旅に出ると思わぬ雨、風に出会うこともある。宿泊地や宿の都合で、早朝に出発し、まだ夜霧のあけきらない山々を越えなければならないこともある。安宿に泊れば、薄い布団で寒くて熟睡できないこともあるだろう。一緒に旅に同行する相手も重要だ。日頃仲が良くとも、旅するうちに本性が出て、仲違いをしたり、仲間の一人が足を悪くしたり、具合が悪くなり、遅れてしまう。さらに、僻地では、寒暖の差や環境の変化によって、持病を再発したり、思わぬ病に倒れることもあるが、自分の家にいる時のようにホームドクターがいるわけでもなく、満足な治療もおぼつかない。旅行には、そもそもわがままは、通らないものだと、考えていてほしい。まさに添乗員が言いたい文章だ。

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コメント

たろべえさん、旅行用心集、とても面白いですね。
楽しい旅行をしようとするならば、例えその旅行体系が変わっても、留意すべき事柄は今も昔も変わらないのだと、納得させられました。

私も次回の旅行には、「良いことを進めて悪いことを退ける」という《白澤》の図を懐に持って行きたいです。

投稿: Cojico | 2008年1月19日 (土) 20時17分

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