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江戸時代の《温泉番付》

庶民の旅が普及してきた江戸時代後期、とくに寛政年間(17891801年)、諸国の温泉番付が、いくつか発表されたそうだ。この番付は『諸国温泉効能鑑(しょこくおんせんこうのうかがみ)』という。温泉の効能の高さ?でランキングされた。

ちなみに相撲で「横綱」が番付最高位として一般的に登場するのは、意外にも遅く、

明治42年以降のことで、それまでは「称号」、「免許」であった。江戸時代は「大関」が最高位であったため、温泉番付も同様に大関が筆頭だ。P

番付のベスト5は、つぎのようになっている。

東)

大関:上州(群馬)・草津の湯、関脇:野州(栃木)・那須の湯、小結:信州(長野)・諏訪の湯、前頭:豆州(静岡)・湯河原の湯、前頭:相州(神奈川)・足の湯(芦の湯)

西)

大関:摂津(兵庫)・有馬の湯、関脇:但馬(兵庫)・城之崎の湯、小結:予州(愛媛)・道後の湯、前頭:加州(石川)・山中の湯、前頭:肥後(熊本)・阿蘇の湯

 ここに紹介した温泉地は、すべて行ったことがある。東の大関「草津温泉」は、群馬県でも標高の高い場所にある。最寄りのJR吾妻線「長野原」駅からバスで約25分。山を登る。なんといっても湯煙の湯畑が有名。いまでも強力な泉質を誇る「草津」は、《泉質主義》onsen ism KUSATSUのキャッチ・フレーズを展開している。“自然湧出泉として湯量日本一、源泉かけ流しの天然温泉、強力な殺菌力を誇る温泉”として、「草津温泉は泉質を大切にしています」とのことだ。番付での効能は「瘡毒」(梅毒)に効く。

 西の大関「有馬温泉」は3度程、行く機会があったが、山間(やまあい)に開けた温泉地だ。日本最古の温泉場で豊臣秀吉が好んで通った。小金色のお湯が印象的である。有馬の宿は、有名な僧・行基が開いた古刹「温泉寺」の宿坊として、始まった。奥の坊など、○○坊という旅館名が示している。お湯は確かによい。番付での効能は「諸病」とある。しかし、なんだか落ち着かないのは、関西文化圏のせいだろうか。(写真:銀水荘別館兆楽、露天風呂)

 

 個人的には、西の関脇の「城崎(きのさき)温泉」が好きだ。しっとりした温泉街で、そぞろ歩きの「外湯めぐり」がある。(とても全部を回ることはないが)七つの外湯は、それぞれに歴史と趣きがある。営業は朝7時から夜は23時まで、入浴料は600円から800円と結構な料金だ。もちろん冬場は、ズワイガニの季節、城崎名物「かに料理」は捨てがたい。(効能は番付では「万病」に効くと紹介)

 それから番付では、《行司》として4箇所。(東:青森県大鰐おおわに温泉、群馬県沢渡さわたり温泉、西:和歌山県龍神温泉と静岡県熱海温泉)《勧進元》つまり、相撲の興行主として、和歌山の熊野本宮の湯、《差添人》後援・協力が和歌山の熊野新宮の湯となっている。(紀州熊野は相撲発祥の地であったか、ともかく由緒ある土地だ)

日本全国「温泉番付」総めぐりツアー・・・商品化したら売れるだろうか?

(イラスト:たろべえ、温泉番付:提供は岩手県花巻温泉郷 台温泉 松田屋旅館、ズワイガニはイメージ)

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