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【にっぽん 旅の文化史】《旅行用心集》にみる「諸国温泉紹介」

 江戸時代の「旅文化史」をいろどる伊勢参宮や大山詣でのほかにも、庶民に人気の旅の形があった。「温泉信仰」とも呼べる「湯治」の旅である。

日本の夏は高温多湿。あの蒸し暑さを解消するには、入浴が一番だ。行水やシャワーで汗を流すことができても疲れがとれない。また底冷えのする冬は、湯船に入って、ゆっくり体の芯からあたたまりたい。だからこそ、この日本独特の気象条件により、入浴文化が栄えたのかもしれない。Photo_4

 確かに東南アジアや南の国々でも暑い。しかし湿気がない。だから水浴びで済む。

日本民族の大部分であった農民は日々、農作業に打ち込むが、農閑期の冬場には、まとめて蓄積した疲労をとらなければならない。そこで湯治場へ行く。ほとんどが山間僻地に温泉場があった。医学や薬学など、さほど発達していなかった時代に、人々は温泉の効能を体験的に理解し、体のメンテナンスに利用していた。

《旅行用心集》でも八隅蘆菴(やすみろあん)は、「諸国温泉二百九十二ヶ所」と題して、日本国内の人気温泉地を精力的に紹介する。 〔写真:宮城県秋保(あきう)温泉岩沼屋〕

 夫(それ)我邦(わがくに)の温泉は、神代のむかし未(いまだ)医薬のはじまらざる時、万民疾病夭折(ようせつ)の患(うれ)いを救(すくわ)んがために大巳貴尊(おおまむちのみこと)、宿奈彦那命(すくなひこなのみこと)と同じく諸国を巡行し、温泉を取立玉ひしより巳来(このかた)、諸民病患を平癒(へいゆ)することを得たり。

大巳貴尊つまり大国主(おおくにぬしのみこと)と宿奈彦那命が、神代の昔、民衆が病気で亡くなったり、こどもが早死にする悲しみをなくすため、諸国を行脚して「温泉」をみつけていった。と、いうのもおおげさな出だしだ。             

 然りしより後、上は王侯より下庶民に至迄湯治すること今に盛也(さかんなり)。

 抑(そもそも)温泉は天地の妙効にして、人体肌膚(きふ)を膏沢(うるほ)し、関節経絡を融通して腹蔵表裏に貫徹するが故に、其の症に的中するにおゐては万病を治すること、医薬の及ぶ所に非ず。之に依り(これにより)湯治する人、温泉を尊信せずんば有べからず。

経絡:《「経」は縦の流れ、「絡」は横の流れの意》漢方で、つぼの筋道。気血の循環系で、12の臓腑(ぞうふ)に対応する12の正経と8の奇経(きけい)があり、これに沿って経穴(つぼ)が配置されている。出展【大辞泉】

 上は王様から下は庶民まで、身分の貴賎なく、「湯治」がはやっていた。人間の力の及ばない自然界が授けてくれた「温泉力」は、肌や皮膚、循環器系ばかりか、人体の内臓までも潤し、万病に効くといえる。医者や薬の手を借りなくとも治癒するのだ。この温泉のパワーを信じなさい。

一 左に著す所の諸国の温泉は、唯(ただ)養生の為に湯治する人は勿論、又物参(ものまいり)、遊山ながらに旅立、其もよりよりによって湯治する人の為に、国分(くにわけ)にして見易(やすき)やうに里数を加へ、効験の大略をあく。

之に依り其の順路に随ひ、此書に引合て尋求べし。湯の効能不案内の場所は、其の土地の人に能(よく)聞合(ききあい)て湯治すべし。病症によつて合(あう)と不合(あわざる)とあることゆへ、ゆるがせにすべからず。

Photo_5  ここでは、温泉の一般的な注意を述べる。病気の症状によって効果のあるものと、そうでない温泉(泉質)がある。その土地の人に尋ねるとよい。まさに蘆菴先生のおっしゃるとおりだ。

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