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《玉匣両温泉路記》を読む【その2】旅立ち前夜

旅に出る前夜には、《馬のはなむけ》といって、旅立つ人の乗る馬の鼻を目的地に向け、道中の安全を祈る儀式があった。また農村・漁村・山村では、《サカオクリ》といって、旅の前夜に親戚・知人を招いて、水杯の宴を催し、無事を祈願した。出発当日は、家族や隣近所の者が村境まで送ってきて、酒をくみかわして別れを惜しむ風習があった。(参考:『江戸の旅』今野信雄著、岩波新書)

《玉匣両温泉路記》(たまくしげ・ふたついでゆ・みちのき)でも、旅立ち前夜からの「別れの宴」の様子が描かれている。作者の原正興(はらまさおき)は、50歳近くの武士であった。教養にあふれ、和歌に通じ、おそらく沼田藩上屋敷では、歌を教授していたようだ。Photo

う月13日(4月13日)

あすなん旅立んとちぎりたる日なれば、朝とく江戸見阪のみ館にゆきて、み掟(おきて)のまゝにことはり述ばへ、むつびたるかぎりしばしの別れをつげて、ひる過るころ家にかへれば、馬のはなむけせんと人々つどへり。江戸見阪のみ館よりも、をしへ子(略)きたりて、歌よみて別を惜しむ。

文中の「江戸見阪のみ館(やかた)」とは、正興が奉職していた「沼田藩藩主・土岐家上屋敷」で現在の東京都港区虎ノ門にあった。4,512坪という、広大な敷地であった。朝早く、上屋敷に赴き、仕事の引継ぎや長期休暇のあいさつをして、昼頃、自宅へ戻ったところ、餞別のため、人々が集まってきていた。その中には、上屋敷から和歌の道の教え子たちも来ていて、歌を詠んで別れを惜しんだ。

いづの湯のわきてしるしのありてふをとくかへりきてかたりませ君(包以)

箱根山こえゆく君の跡とめて心ばかりを我もやらまし(成房)

 伊豆の温泉の様子を早く帰ってきて教えてください。この他にも、無事に旅を終えて、お帰りくださいと歌うものが多い。確かに徒歩が中心の旅では、山や峠、川を越えて行く。言ってみれば命がけの旅である。おおげさな別れの宴会だと思うが、わずかに一ヶ月であっても、現代人の尺度とは違う。

 宴会が進み、酒の杯も回る。酔いにまかせて、誰かが、言った。紀貫之の『土佐日記』のように、和歌を認めて道中の日記を書いてほしい。今後の旅の参考にすると共に、何年か後に見て思い出となるように、と。そこで、みなに約束をし、《玉匣両温泉路記》を書くことになった。

 草枕結ばぬさきに草まくら結びてをゆく夢むすびけり

 まだ旅に出る前だが、これから旅に出る夢をみて旅心地だ、といったような意味だろうか。

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