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《玉匣両温泉路記》を読む【その3】出発から戸塚宿まで

4月14日

江戸→高輪→大森→六郷川→川崎→鶴見→生麦→神奈川(横浜)→程ヶ谷(保土ヶ谷)→

戸塚(泊)

Photo  寅の刻(午前4時)起床。日の出前に上屋敷を出発した。高輪あたりまで、知人・弟子たちの見送りがあった。途中、鶴見では、沼田藩の先々代藩主・土岐頼布(よりのぶ)、「観国院君」が帰依していた《子生山東福寺》に寄り、観音様を拝む。

 かねてより、神奈川台にて休むと、光興ぬしとちぎりたることなれば、ひる過るころまでもの食わで、神奈川にいたる。

 あらかじめ、原正興(はらまさおき)は、同行の神村光興(かみむらみつおき)と、昼食は、たとえ遅くなっても有名な「神奈川台」の料理屋と決めていた。おそらく広重の《東海道五拾三次之内神奈川台ノ景》を見て、軒をならべる料理屋と船の浮かぶ美しい海の風景にあこがれていたものと思われる。ここ神奈川台の「桜屋」の二階で昼食休憩。魚を食べる。眼下には、白い帆船がいくつも行き交い、本牧の岬も見える。さて、正興は、酒を飲むが、光興は、まったく飲めない。仕方なく、彼は「光興ぬしの露ばかりものまざれば、おのれも酔うほどにもあらず。」

 程ヶ谷(保土ヶ谷)から権太坂を登り、戸塚へは下り坂だ。しかし、朝早くから歩き続ける一行。かなり疲れ気味だ。

 此坂にては光興ぬしもおのれも、きのふは宿に人々つどひ、馬のはなむけせんとて酒のみ、夜いたくふけていね、今朝とく起きて、九里あまりの道を来たりたることなれば、足つかれ眠けいで、いかにせんとおもふをりこそあれ、「戻り馬なれば、のりて行給へ」といふ。

 昨夜は遅くまで、壮行会をして寝不足気味。しかも江戸から9里(約36㎞)も歩いてきた。足が疲れ眠気も出てきたとろで、どうしょうかと思っていたところ、戸塚方面へ帰る馬方に会う。まさに渡りに船という感じで、「幸いなり」と、馬に乗るが、下り坂のため、馬のスピードも速く、揺れるため、落馬しそうになり、しがみつく。睡魔も襲ってきたが、なんとか戸塚の宿へ到着。

 東海道「戸塚の宿」は、江戸日本橋から10里(約40㎞)。通常、江戸から距離的にも1日の行程を終える宿場町であった。当時は旅籠が約75軒もある大きな宿場であり、山から下り、再び山への登り坂になるという地理的条件もあって、旅人はここ戸塚宿で、最初の宿をとることが多かったという。

 戸塚宿では、主人が松本十郎左衛門の《松本屋》に宿泊。まだ、日没前で日が高かったが、

こころよく迎えてくれた。快適な宿であったようだ。

 「足のべて労(つかれ)を休め給へ」と茶・くだものなどいだす。「湯もいできぬ」といふに、かはるがはる湯あみし、足の労もうせてこゝちよく、旅宿めづらしくこゝかしこ見るに、旅人の宿する家なれば、同じほどの間四ま五間ありて、見ぐるしからず。表方高どのも、旅人のまうけに作ると見えたり。

 まあまあ、足を伸ばして、お疲れでしょうからゆっくりお休みください。お風呂の準備もできました。替わりばんこで入浴すれば、足の疲れも消えて心地がよい。この旅籠は、見回してみると、同じくらいの部屋が4、5室もありて、なかなかよい。外観や建物も旅人を受け入れるようによくできていた。この《松本屋》は、現在も「酒屋」として、戸塚駅側に面して店を開いているそうだ。醤油の醸造業と旅籠を兼ねていた松本屋には、江戸時代に醸造に使った蔵が残っているそうだ。(参考:『決定版東海道五十三次ガイド』講談社)

 この戸塚の宿では、酒をすすめられるが、同行の光興(みつおき)は、下戸である。自分しか飲まないが、この旅に出るにあたり、「旅にては盃に五ツ六ツを定めとしたれば、酔うまでにはあらねども断りのばへ、盃はおさまりめし(飯)たう(食)べ、」まだ、日も暮れないうちに寝てしまった。

 旅行中、深酒はせず、(盃の大きさにもよるけれど)五、六杯でとどめるとは、よい心がけである。酒好きの正興(まさおき)、さて、いつまで続くか。それにしても、この時代の旅は早朝出発で早めに宿に着くのが常識。早寝、早起きの日々である。

Photo_2

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コメント

sun
たろべえさん お久しぶりです。なんだが江戸時代の旅でもわくわくしますね。情景が浮かんで来ます。今後の展開が楽しみになりました。とくにこの時代の旅人が どんな物を食べたのか 酒のつまみなども興味があるところです。また読ませてもらいます。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2008年2月13日 (水) 18時40分

bottle
通りすがりさん、コメントありがとうございます。

《玉匣たまくしげ》の旅行記は、近世の名作と呼ばれているそうですが、なかなか紹介されていないようなので、思い切って書いてみました。いってみれば「古文」ですが、自分なりに何度も読み返して、味わっています。

 昼食や夕食の話も時折、出てきますよ。でも夕食は、ほとんど煮魚です。「食べ物」といえば、もう少し、饅頭や餅菓子、団子をはじゅめ、各地の名物のことなども書いてあればよいのに、と思います。

投稿: もりたたろべえ | 2008年2月13日 (水) 21時41分

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