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《玉匣両温泉路記》を読む【その6】熱海滞在の日々

原正興らの熱海滞在は、4月16日からの9泊10日であった。上町の湯元《大湯》近くの湯宿「富士屋」に泊った一行の温泉場での日々が、また楽しく綴られている。

4月17日

朝霧ふかく立こめて、海山わきがたし。湯あみして後、飯たべ、辰のとき(午前八時)過ころ霧はれわたり、海のけしき、山のたゝずまへ。おもしろくおぼゆ。Photo

この日は近くの《大湯》見物に出かけた。大湯については、このブログでも1月22日付で紹介した。「熱海七湯」の代表格である。

【にっぽん 旅の文化史】《旅行用心集》の「熱海特集」

http://tabikoborebanashi.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_f3fa.html

 《玉匣たまくしげ》によれば、この大湯から温泉が湧出するのは、昼三回と夜三回で時刻は

卯(う:午前6時)、巳(み:保全10時)、未(ひつじ:午後2時)、酉(とり:午後6時)、亥(い:

午後10時)、丑(うし:午前2時)の刻、計6回だ。「間欠泉」であり、自噴泉であった。

 湯元に行ってみると、十間(約20m)四方が柵で囲まれていて、入口には木戸がある。中には青い小石が敷きつめられていて、湯が湧き出る口には、大きな石が並べられている。この湯の出る口の七八尺(約2m強)程前には、大きな石を積んである。湯のせいか、石は赤く変色したり、欠けているものもある。北側には、石の地蔵像や「南無阿弥陀仏」の石碑(僧・徳本の書)、小さな石燈籠がみえる。そばに高さ四杖(約12m)程の松の木が一本植えてある。湯が噴出して湯煙が立つ時には、このあたり一面見えなくなるほどで、石は欠けたりするが松には影響がないようで、緑の枝ぶりもよい。

 しばらく様子をみていると、そのうち地響きがして、「もうすぐ湯が沸くよ」と人が集まって来る。柵に近づいてみると、地鳴りがして湯が噴出し飛び散る。こどもが遊ぶ水鉄砲のようだが、そのうち湯の勢いが強くなり、湧出口前の石垣に当たる。まさに大筒(大砲)を打つ音のようだ。さらに地響きが強くなり、湯煙は数十杖(30m以上)も立ちのぼる。この情景は、たとえようもないが、「百千の雷一どに落かゝる如し」(たくさんのカミナリが一度に落ちるようだ)。しばらくすると、次第に音も静かになり、湯煙も薄くなり、噴出はとまる。世の中にはこのように不思議なこともあるものだ。

このように正興の描写は細かい。さて、「熱海市観光協会」の資料によれば、《大湯》については、明治中頃から噴出する回数が減り始め、末頃には止まってしまったが、関東大震災のときに再び噴出。しかし、その後も回数は減り続け、残念ながら昭和の始めにとうとう止まってしまった。昭和37年に人工的に整備され、市の文化財として保存し現在に至っている。

Photo_2 (現在の大湯 写真提供:熱海市観光協会)

 そして一行は、

 やどりへかへれば、浜より鮑(あわび)を持きたれり。もとめて、ふくら煮にして飯たべたり。けふも風吹きて、夜までやまず。湯あみしてふしぬ。

 鮑(あわび)の「ふくら煮」とは、身を殻からはずして、味噌、砂糖で煮る。シコシコした歯ごたえを残すため、あまり煮すぎないこと。ちなみに鮑には、グルタミン酸、グリコーゲンをはじめ、ビタミンB1・B2も含まれており、疲労回復、精力増強、動脈硬化、高血圧、視力低下の予防、肝臓機能の向上などによいとさている。なるほど、高価なわけだ。

 

Photo_3

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