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《玉くしげ》を読む【ちょっと寄り道】箱根へ到着

《玉匣両温泉路記》(たまくしげ・ふたつ・いでゆ・みちのき)は、江戸時代の天保10年(1839)、上州沼田藩の江戸上屋敷詰の武士・原正興(はらまさおき)によって書かれた、「熱海と箱根」への湯治旅行の道中記である。当時、江戸から行く温泉地として、人気の高かった両温泉での滞在日記はもちろん、往復の旅の様子や途中の名所旧跡の記述も多く、紀行文にとどまらず、まさに旅行案内書でもある。東海道の各宿場紹介や帰路の江ノ島・鎌倉そして金沢八景の描写もおもしろい。しかも作者の正興は、「国学者」かもしれないほど、和歌や歴史に詳しく、本書の随所に和歌を散りばめてある。

この旅の同行者は、正興の友人で、おそらく同郷(沼田藩)の武士・神村光興(かみむらみつおき)と彼につかえる下男(供の者)の、合計三人。こちらは、武道にも秀でていて活動的、どうやら釣りが好きなようだ。ところが旅の途中、何度か釣りに行くが成果はない。また、酒好きの正興と違って、まったくの下戸であり、一緒に旅を続ける中、どうも夜のつき合いは悪い。性格は思慮深く理屈っぽい正興に比べ、豪快で男らしいところが見受けられる。

さて、熱海から十国峠、箱根峠を越えて、「箱根」に入った一行は、おおよそつぎのようなルートで旅を続けた。

箱根峠→芦ノ湖(箱根湖)→箱根関所→箱根権現(箱根神社)→元箱根→精進湖→

芦之湯(松坂屋見学)→宮城野→木賀温泉(亀屋に1泊)

木賀温泉→底倉温泉→宮ノ下温泉(奈良屋に9泊)

宮ノ下温泉奈良屋に滞在中、近辺を散策し堂ヶ島温泉や最乗寺(道了権現)にも遠出した。

 このブログでは、現在、準備中だが、江戸時代の箱根七湯の湯治の様子や各温泉場の湯宿についても調査をしている。とくに、箱根町立郷土資料館は、協力的で、すでに絶版になっている資料《七湯の枝折》(ななゆのしおり)や幕末から明治初期の箱根の絵葉書や古い写真を掲載した《箱根彩景》を購入する便宜をはかっていただいた。やはり、観光に生きる町、箱根は行政の部分でも大変、協力的で、さすがに「世界の箱根」だと思う。

何はともあれ、乞うご期待。

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