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《玉くしげ》を読む【その19①】道了権現(最乗寺)へ行く

5月2日

空はれて、ちり雲もなし。B

「明神嶽のあなた表に、最乗寺といふ寺あり。その寺に祭る処の道了権現は、江戸などよりも、と(尋)めくる也。小田原より六里あれども、この山こえゆけば三里あまりなれば、行く見よかし」

と、宿のあるじいへば、けふこそゆかめ。

久しぶりに快晴。宿の主人に近郊の名所《最乗寺》をすすめられ、一行は出かけた。小田原からは六里(約24㎞)もあるが、ここ(宮ノ下温泉)からは「明神岳」を越えれば、三里(約9㎞)ほどだ。そこで宿に案内人を頼み、おにぎりを持って、巳(み)の時(午前10時)に出発である。

 宮城野の里の茶店で休憩後、左に仙石原、姥子そして駿河の国へ抜ける道を左に見ながら、「きこりや狩人」しか通らないほどの大変な山道を登った。「よいしょ、どっこいしょっ」という感じで、片足づつ持ち上げるように登った。峰からの眺めは「小田原のさと(里)はるかに、海は只青く、酒匂川の流れは白く、ぬの(布)引はへたるごとし。」美しい。

かへり行くみやこのおほぢのみゆるにぞ 心の駒がたけもいさまん

(高い峰から、江戸へ帰る街道が見え、いよいよ心がたがぶっていく)

ここでも箱根の有名な「駒ケ岳」を掛けている。さて、この峰を行くと「大山」も近い。山を下っていくと、沢のきれいな水が流れ、手ですくって飲んでみると、冷たくて手が切れるようだ。ここには「山椒魚(サンショウウオ)」がすんでいるはず、と案内の男。水の中の岩の間に手を入れ、ささっと7、8匹捕まえた。「しばしのうちに、汗はうせて鳥はだとなれば、羽ばたきしてとび下りゆけば」道了権現の前に出た。(しばらくすると汗は消え、鳥肌になったようで、鳥のように羽ばたきして下った)

 《道了権現》即ち《最乗寺》は、江戸時代、道了権現信仰の「道了講」として組織され、関東を中心に東海地方にまで講が存在した。「大山講」や「富士講」の聖地とも近く、ここ最乗寺も、セットで旅の目的地とされ、人気を集めていた。旅日記『玉くしげ』では、作者の原正興も、つぎのような趣旨で、道了権現を紹介している。

 道了は最乗寺の僧であったが、人間離れした奇妙で怪しいわざをもつ「天狗」になり、神としてまつられるようになった。いまでも心から願い事を祈れば、必ずかなうとして、お参りする人も多い。そしてご利益を受けた人々が、たくさんの大小の、天狗の面を奉納している。

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 もちろん最乗寺は、いまでも有名な曹洞宗の名刹である。神奈川県南足柄市にある。山号は大雄山(だいゆうざん)、関東三十六不動霊場第2番。深山ゆえに、赤いもみじの紅葉のすばらしさは、たびたび旅行雑誌の巻頭を飾る。さて、何を思ったのか、この寺では、僧に

「どこから来られたのですか」と問われ、実際に住居のある、江戸ではなく、故郷の上州を思い出した正興は「上総の国より来ました」と答えている。どうやら、20年ほど前、上州は沼田の「舒林寺(しょりんじ)」で輪番(交代勤務)をつとめていたことが、脳裏をよぎったためだ。

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