« 《玉くしげ》を読む【その19②】道了権現の帰り道 | トップページ | 《玉くしげ》を読む【その21①】そろそろ帰ろう江戸へ »

《玉くしげ》を読む【その20】箱根で出会った絶世の美女

5月3日

空ははれ、きのふより時鳥(ほととぎす)しきりになく。この鳥は、くもり雨そぼふる日に、わきてなくなれども、この山は外はれても雨ふるなれば、はれたるこそめづらしく鳴くならめ。

 「ホトトギス」は、くもりや雨がそぼ降る日に、よく鳴く。Photo

 

さて、箱根の湯宿では、《酒匂川》が増水して渡れないため、思いがけずに逗留する人もいた。この川は、富士山の麓、御殿場を源流として、丹沢山地と箱根山の間の谷を抜け、足柄平野を南へ下り、小田原で相模湾へ注いでいる。宿場でいえば、小田原と大磯の間にある。したがって、酒匂川の水かさが増すと、「川止め」になった。帰る人も帰れないが、来る人も来られない。そうこうするうち、「昨日の昼過ぎに川止めが解除され」、今朝、宿を立つ人が多かった。また、やって来る客も多く、宮ノ下の湯宿・奈良屋は、また夕方にはにぎやかになった。

来たれるうちに、小田原の里にて家富栄え、さとの殿へ黄金の用つとむるをとこ(男)、きさらぎ(如月:2月)のころ江戸へ出て、今様うたふ女にちぎりこめて、携(たずさえ)かへりしをつれて、ゆあみにきたれり。G

小田原のお城に出入りする両替商の男が、2月頃、江戸へ出て、今様を歌う女性と恋に落ち、結婚の約束をし、故郷に連れて帰ってきた。そして湯浴みにきた。

「その女といふは、いにしへ、ろく原(六波羅)のみ館(平清盛の屋敷)をうごかし、時とめたる祇王(ぎおう)も寵(寵愛)うばわれたる、仏といひし女(仏御前)にもまさらん。筥根(はこね)の地獄にて、かゝる女菩薩を見ることよ」などかたるをきく。

宿に集う人々の話だが、これは『平家物語』の知識がないとわかりにくい。その昔、世の権力を欲しいがままにした、平清盛が恋をした「白拍子」の《祇王(ぎおう)》がいた。大変な美人であった。白拍子とは、歌い踊る遊女のことだ。やがて、若い白拍子の《仏御前》が、清盛の館へやって来た。当然、仏御前は、門前払いをさせられそうになるが、気のやさしい祇王のはからいで、清盛の邸宅内へ入ることを許され、清盛の前で踊りを見せた。すると、祇王に代わって仏御前が、清盛の寵愛を受けることになり、祇王は追い出されてしまった。屈辱にさいなまれ、祇王は、母と妹と共に嵯峨野へ行き、尼になってしまう。さらに御前も、また、罪の意識から尼になり、清盛のもとを去り、静かに余生をおくってという。_edited

この日、宮の下の奈良屋では、「平家物語の仏御前に、まさるとも劣らない絶世の美女」の話題でもちきり。「地獄で女菩薩に出会った」ようだ。さて、正興らは湯浴みをして、出ようとしたところ、小さなこどもの持つ灯りに案内された、この女が浴場に来た。

「ほら、あの人よ」「うわさの女の人かい?」客たちがささやくが、正興は目が悪く、薄暗い中では、よく見えない。混浴なのだが・・・。そこで光興に、品定めを頼むと、戻ってきた彼が言う。

「小田原のひと也。火かげにては疵(きず)こそ見えね、はこねのうちの玉なるべし」

といへば、

清き湯のそこに ひかりのうつれるは 誰(たが)箱根なる玉の姿たぞ

いたづらに心の駒やくるふらん ひとの結べるわかくさを見て

(自然に心がときめくほどに美しい。いまや人の妻となってしまった若い女性を見た)

 そして男二人、枕を抱いて寂しく寝ることにした。

※白拍子・祇王:北斎戴斗改為一筆

|

« 《玉くしげ》を読む【その19②】道了権現の帰り道 | トップページ | 《玉くしげ》を読む【その21①】そろそろ帰ろう江戸へ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 《玉くしげ》を読む【その19②】道了権現の帰り道 | トップページ | 《玉くしげ》を読む【その21①】そろそろ帰ろう江戸へ »