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《玉くしげを読む》【その23①】江戸への帰途(江ノ島)

 江戸時代には「江の嶋」(江ノ島)も一大観光地であった。もちろん名目としては、江島明神への安産や家内安全祈願、江島弁天という琵琶を抱えた弁財天は、芸能、音曲関係者の信仰を集め、人気があった。(現在の江島神社は、明治以降、奥津宮・中津宮・辺津宮の三社からなるが、当時は、「上ノ坊」と「下ノ坊」に「岩本院(江島寺)」があったようだ)

5月6日

夜明けに平塚を出発。藤沢宿を通り、「西行の戻り松」や「日蓮の竜口寺」を過ぎる。やがて《江の嶋》で」ある。そろそろ腹も減ってきたようで、料理屋をさがす。

 左のかたなる恵美須屋と云う高楼にのぼり、昼の飯たうべたるに、広もの・狭もの出(い)だす。「この嶋は、うを(魚)多く、てうり(調理)もよろし」ときゝしにたがはざれば、酒なくてはことたりぬやうにおぼえて、いださせたれども、目あしければ、ひと銚子もつくさゞりけり。

 江ノ島の恵美須屋は、《恵比寿屋》といって、現在も営業中の老舗割烹旅館である。

昼食には、大小様々な魚料理が出た。江ノ島は、魚が多く、調理自慢だという、噂に違わず、おいしいので、思わず酒を頼んだが、あいにく目の具合が悪く、お銚子の1本も飲み尽くせなかったようだ。B

        恵美寿屋

        神奈川県藤沢市江の島1-4-16

        TEL:0466(22)4105

※(写真:恵美寿屋パンフレットから、外観と料理イメージ)

※『富岳三十六景・相州 江ノ島』葛飾北斎

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