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《玉くしげを読む》【その26】川崎宿からなつかしの江戸へ

 川崎宿の旅籠(茶屋兼業)で、規模が大きいのは、万年屋、新田屋、会津屋、藤屋であった。とくに、万年屋は「奈良茶飯」、新田屋は「ハゼ料理」で人気を集めていたという。正興らは、最初、新田屋に旅装を解いたが、何か支障があり、「藤屋」へ移ったと記載されている。細かい事情は、記されていないが、おそらく自分たちより格上の武士が、あとから宿へやって来たので、仕方なく、一見自主的に部屋を譲ったのかもしれない。

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空よくはれたり。朝日子のひかりほのめくころ、この宿をいでゝ六郷川わたり、大森なる和中散の家、みところを過ぎて、鈴の森八幡のみ前にぬかづき奉り、品川も只いそぎにいそぎ、高輪にてしばしいこひ(憩い)、久かたの月のみさきのみ館のみ門の前にて、光興ぬしに別れ、宿りにかへりつきしは、午のとき(正午)前になん有りける。By

 

旅のラストである。お天気に恵まれ、まず、六郷川(多摩川)を渡る。大森では、漢方薬「和中散」(食あたり、暑気あたりなどに効く万能薬)の店の前を通過。(大森には和中散を売る店が3軒あったそうだ)さらに鈴の森八幡から品川へ。心が踊り、急ぎに急ぐ。そうはいっても「高輪」の茶店で休憩。いよいよ、住み慣れた江戸の町だ。沼田藩江戸上屋敷の門前に到着。同行の光興と別れ、帰宅。正午前であった。(イラスト:『江戸名所図会』「大森和中散」)

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 熱海、箱根、江の島、鎌倉そして金沢八景と回った旅は、終了した。この《玉匣両温泉路記》(たまくしげ・ふたついでゆ・みちのき)によれば、出発は4月14日であったから、実に25日間だ。宿泊地をふりかえってみると、つぎのようになる。

4月14日戸塚宿、15日小田原宿、16日~24日(9泊10日)熱海温泉、25日箱根木賀温泉、4月26日~5月4日(8泊9日)宮ノ下温泉、5日平塚宿、6日鎌倉、7日金沢八景、8日川崎宿。

 ところで旅の目的でもあった、作者・原正興の持病「気のぼる病」(高血圧、頭痛、糖尿病の類か)の湯治での効き目のほどは、どうだったのだろうか。転地療養ではあるが、どうも見聞や知識を広めるための寺社見物や名所・旧跡の見学、そして和歌の創作が、実際の目的のような気がする。いずれにせよ、二人の武士の機知に富む軽妙なやりとりは、読んでいて楽しくなってきた。

 また、「観光地」をさりげなく紹介する記述は、旅のガイドブックとしても十分に読める。この種の「旅日記」、「道中記」は、読み手が、居ながらにして旅を追体験できるところによさがある。作者の心の息吹が感じられるのだ。だからできれば、原文(古文)で読むことをおすすめする。

(出典:《玉匣両温泉路記》東洋文庫472『江戸温泉紀行』板坂耀子編、平凡社)

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コメント

たろべえさん 玉くしげの長編ものお疲れさまでした。とうとう終了ですね。意外とあっさり江戸に到着してしまうのですね。楽しく読まさせて頂きました。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2008年3月24日 (月) 16時27分

happy01
通りすがりの旅人さん

ご愛読ありがとうございました。
なんとか、江戸まで到着。また、江戸時代の旅日記をネタにしたいと思います。

 毎日、連載というのは、つらいものがあって、お酒を飲む日も多々あるわけで、書けるときに2,3日分ためて発表しておりました。今後もがんばります。

投稿: もりたたろべえ | 2008年3月25日 (火) 12時22分

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