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《玉くしげ》を読む【ちょいと寄り道】歴史の宿・奈良屋

 G 旅日記『玉くしげ』に記載されているように、原正興らは、宮の下(宮ノ下温泉)の湯宿《奈良屋》に滞在した。安永七年(1778)以前の創業と伝わる奈良屋は、江戸時代には、もちろん江戸周辺からの湯治客に人気の宿であり、諸国の大名たちも「本陣」として利用していた。その後、明治時代初期からは、やはり宮ノ下の「富士屋ホテル」と共に、横浜在留の西洋人や皇族にも愛された名旅館である。何よりも明治六年夏、明治天皇・皇后が箱根行幸の際、この奈良屋に24日間、滞在したことで、この宿は評判になった。

 実はこの「奈良屋旅館」は、つい最近まで営業をしていた。残念ながら、2001年5月にこの老舗旅館は、その300年に及ぶ歴史を閉じてしまった。当時のニュースでは、業績は順調であったにもかかわらず、莫大な相続税と財産分与問題で、売却せざるをえなくなったとのことであった。文化財に指定された建物や15,000坪の広大な庭園も消え、現在はリゾート開発の会社が、高級ホテルを建築中だ。

私は、建物の外観しか見たことはない。いま思えば、泊りたかったと、つくづく思う。さて、この宮ノ下温泉だが、いまでは「レトロな散歩道」といったキャッチフレーズが似合う。もちろん木造の洋風建築「富士屋ホテル」をはじめ、ちょっとおしゃれな喫茶店やイタリア料理店なんてのもある。だから、若い女性の二、三人グループを見かける。

しかし、江戸時代から続く老舗の旅館がなくなってしまい、大手リゾート開発の手に渡ってしまったのも時代の流れというしかないのだろうか。国の文化財に指定されると、修理や改築も思うようにはできないときく。それなら旅好きで、エステな女性たちに受ける現代的な施設をつくった方が賢いのだろう。これが現実なのだ。(イラスト:たろべえ 奈良屋旅館の写真からのスケッチ)

(参考:岩崎宗純『惜別 歴史の宿 箱根宮ノ下「奈良屋」旅館』)

 

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