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浅草今昔展記念フォーラム《江戸と浅草・その文化》その2

①浦井正明老師(寛永寺執事・東叡山現龍院住職)〔江戸の庶民・民衆の上野と浅草〕

②長澤利明先生(法政大学講師・国士舘大学講師)〔江戸の民間信仰〕

③柳原紀子先生(近茶流懐石道宗家夫人)〔江戸時代の食文化概論〕

④竹内誠氏(江戸東京博物館館長)〔江戸と浅草・その文化 まとめ〕

写真:左から塩入、浦井、長澤、柳原、竹内の各氏

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〔江戸の民間信仰〕

江戸時代の民間信仰とは、庶民・大衆が必要に応じてつくり出したものである。江戸の「神仏まいりのガイドブック」といえる『江戸神仏願懸重寶記(えどしんぶつ・がんかけちょうほうき)』という書物がある。民間信仰の神仏を紹介したもので「庶物崇拝」あるいは「雑信仰」といわれる。

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上野と浅草は、江戸時代は郊外の位置づけにあり、江戸の中心部(江戸城周辺)から半日程度の行程で遊びに行く(息抜きをする)レクリエーションの場であった。春は桜の花見だが、当時、夜桜見物はご法度で、昼間のみである。(落語の長屋の花見、酒のかわりのお茶)秋はもみじ見物、七草をめでる、虫の音を観賞など。冬は雪見。もちろん「寺社まいり」も大きな目的であった。

 「民間信仰」の対象は、浅草・浅草寺の境内にも多数あった。

「仁王門の股くぐり」は子供の麻疹(はしか)が治ると信じられ、「秋葉権現」は火の神様、安産・子宝・婦人病の治癒など女性に関するすべてに霊験のある「淡島神」、武士の神「鹿島神」、大山の火除け「石尊」等の神々は、浅草寺境内に招へいされた。このほか、「久米平内(くめのへいない)」は、自らの悪行を恥じ、死後は土に埋め、民衆に墓を踏みしめてほしいと願ったことから、「踏みつける」→「文つける」(ラブレター)→縁結びの神として、信仰された。さらに伝法院の鎮護堂では、夜毎悪さをするタヌキを保護したところ、商売繁盛・立身出世の神として、崇められるようになったという。

あらゆる神様が境内にまつられおり、浅草寺は「神仏のデパート」としての一大民間信仰センターとなっていた。これらの民間信仰は、ほとんど「現世利益」を目的としていた。農村のような共同体における信仰形態ではなく、あくまで「個人」を対象とし、五穀豊穣を願うのではなく、「立身出世」、「商売繁盛」、「病気治癒」、「安産・子育て」などを願う現実的な庶民信仰であった。

ちなみに長澤利明先生は、その著書『江戸東京の庶民信仰』(三弥井民俗選書)では、江戸から東京へと続く庶民信仰・民間信仰の愚弟的な実例を提示し、民俗学の立場から的確に分析をおこなっている。そして「歴史文化ライブラリー115」の『江戸東京歳時記』(吉川弘文館2001年刊)では、江戸各地の行事や祭りに焦点をあて、それぞれにどんな意味や目的があったのかを追求している。読みやすい本である。(写真はフォーラム資料から)

(文責・たろべえ)【続く】

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