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ご近所散歩 ちょいと浅草《六芸神》愉快な神様たち

 浅草の「六区」という場所がある。演芸場、映画館、大衆劇場をはじめ、場外馬券売場のJRAにパチンコ屋さんに、多くの飲食店などがあり、かつては日本一の繁華街であった。江戸時代には、浅草寺の繁栄と共に、江戸庶民に娯楽を提供する場として「奥山」と呼ばれた地域がルーツ。大道芸人たちが曲芸を見せたり、見世物小屋が建っていた。そんな奥山は明治期に、浅草寺裏からいまの六区の場所に移ったそうだ。

 さてこの「六区ブロードウエー」に《六芸神(ろくげいしん)》が祀(まつ)られている。芸能に関する6体の神様ということになる。小さな祠(ほこら)に2030cm程度の各神様のブロンズ像が置かれている。これがなかなかユニークでシュールである。(公園六区交番横)

 そのいわれには“興行街としてにぎわう六区には、いつの頃からか六人の芸達者な神様が住みつき、六区周辺で行われるいろいろな見世物に出る様々な芸人達を見守り、芸の知恵を授けてくれるといわれています。六区からは六芸神に見守られた多くの芸人が映画や演劇、音楽等で活躍しています。このため六区ブロードウエーでは、六芸神を通りの守り神として祀っています”(1996年4月)

六体のブロンズ像は、浅草にゆかりのある実在の人物がモデルといわれる。向かって左から、唄神(うたいがみ)、奏神(かなでがみ)、話神(はなしがみ)、戯神(おどけがみ)、演神(えんじがみ)、踊神(おどりがみ)だ。

○唄神(うたいがみ)…モデル東海林太郎。明治31年(1898)~昭和47年(1972)。直立不動の姿勢で歌う「歌手の神様」。明治から戦前戦後まで活躍。私も幼少の頃、『赤城の子守唄』や『旅笠道中』を聴いた記憶はある。

○奏神(かなでがみ)…モデル田谷力三(アコーディオンを弾く姿)。明治32年(1899~昭和63年(1988)。 大正から昭和にかけて、人気オペラ歌手として浅草演芸界の花形であった。晩年、すばらしい歌声をテレビで聴いたことがある。ダンディーだった。

○話神(はなしがみ)…モデル古今亭志ん生。明治23年(1890)~昭和48年(1973)。言わずと知れた五代目志ん生、庶民派の落語家。残念ながら録音で聴いたことしかないが、その軽妙な語り口は、いまでも面白い。

○戯神(おどけがみ)…モデルは名も知れぬ大道芸人で「玉乗り」をしているそうだ。

○演神(えんじがみ)…モデル榎本健一。明治37年(1904)~昭和45年(1970)。通称「エノケン」、日本の喜劇王。子供の頃、再放送で、エノケン主演の時代劇(モノクロ)をテレビでよく観た。猿飛佐助や弥次喜多、森の石松、孫悟空など、軽快な演技だった。声もよく、「渡辺の即席ジュースの素」のCMソングは記憶にある。多才な、すばらしい役者であったと思う。 

○踊神(おどりがみ)…モデル水の江瀧子。大正4年(1915)生まれ。ダンサーの扮装。男装の麗人と呼ばれたそうだ。私は、晩年の「ターキー」さんが、歌番組の審査員やバラエティーの司会をする姿しか知らない。たまに紹介される若い頃の踊り子姿は、美しく華麗である。

 以上の6人をモデルに、愉快な神様たち《六芸神》が、いまでも浅草に鎮座しているのも、浅草の人たちのシャレたセンスだと感心する。必見の価値あり。

(写真:たろべえ撮影)

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コメント

たろべえさん 面白い神社ですが 恐らく世代の相違なのでしょうか この6人(?)の神様のモデル 全く知りませんでした。彫刻としてはほんと愉快ですね。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2008年10月 1日 (水) 22時44分

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