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ご近所散歩 ちょいと浅草《浅草海苔》

 「浅草みやげ」といえば、いまは「雷おこし」とか「人形焼き」や各種和菓子が有名だが、江戸時代には、楊枝(歯ブラシ)や大仏餅などと肩を並べて、《浅草海苔(のり)》であったそうだ。軽くてかさばらず、保存がきく。Nori_edited

 しかし『江戸食の履歴書』平野雅章著(小学館文庫)の「浅草海苔」のページに次のように書いてあった。どうやら、浅草で採れた海苔ではなかったらしい。(P106~)

 この海苔(浅草海苔)は徳川三百年の都城であった江戸の名物で、よそにも海苔はできるが、なんと言っても大江戸の産が日本一。浅草の名を冠して、浅草海苔の名で天下に通っている。昔から江戸のみやげといえば、この浅草海苔で。紙のように軽い家苞

(いえづと=土産)に、江戸の香と味とが含まれているのだから嬉しい。

 江戸の気に今日はなりけり海苔の味 橘斎

 の句が表すように、徳川泰平の江戸に咲いた味覚道楽に、浅草海苔がもつ地位は、どんなに大きかったことだろう。

 浅草辺りは、新しい隅田川の沖積層で、昔はあの辺り一面が海であった。それで古くは海苔が浅草一帯で採れたので、その産地名を冠せられたのだという説があるが、この説、にわかに信じがたい。

 さらに平野氏は「古くは深川辺りで、海苔は採取されたものと考えられる」と結論している。

 また『江戸名所図会』の《浅草海苔》を見ると、産地は「大森・品川等」とある。

大森・品川等の海に産せり。これを浅草海苔と称するは、往古(いにしえ)かしこの海に産せしゆゑに、その旧称を失はずしてかくは呼び来れり。秋の時正(ひがん)に麁朶(そだ)を建て、春の時正に止(とど)まるを定規とす。寒中に採るものを絶品とし、一年の間囲ひ置くとうへどもその色合ひ風味ともに変はることなし。ゆゑに高貴の家にも賞翫せらるるをもって、諸国ともに送り手これを産業とする者は夥しく、実に江戸の名産なり。

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なるほど江戸の一大観光地であり、消費地であった「浅草」を名前につけて売ったというわけだ。それにしても、現在でも仲見世に《浅草のり》という看板で、「有明海苔」や各地の「のり」を販売しているお店もあるから不思議だ。

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