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【にっぽん 旅の文化史】《黒船の晩餐メニュー》その1幕府からペリーへ

 嘉永六年(1853)、ペリーが軍艦4隻を伴い、浦賀に来航。その後、紆余曲折(うよきょくせつ)があり、幕府は翌嘉永七年(1854)、「日米和親条約」を結ぶことになる。このあたりの事情は、以前ブログに書いた。

《日米和親条約》オランダ語が共通語?黒船「日本海外交流史」 http://tabikoborebanashi.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_3ab5.html

黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1

http://tabikoborebanashi.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/1_dc09.html

 さて、今回紹介したいのは、この条約締結前後、日米で、交互に晩餐会が開催され、それぞれの宴に供された食事のメニューである。1854年3月8日、横浜で日本とアメリカの代表団の第一回公式会談が開かれた。その際、江戸幕府は、アメリカ側一行300名を接待したそうだ。もちろん伝統的な会席料理(本膳料理)で、当時の有名料亭、江戸「百川」や浦賀の「岩井屋」が仕出しをしたと伝わる。

一、長熨斗敷紙三賓(ながのししきさんぽう)一、盃内曇土器三ツ組 一、銚子

【酒饌膳】酒宴のための前菜(一之膳)

一、 吸物(鯛、ひれ肉) 一、干肴(松葉するめ、結び昆布) 一、中皿肴(はまぐり、魚目、青山椒)一、猪口(唐草かれい、同防風、山葵線)(二之膳)一、吸物(花子巻鯛、篠大根、粉山椒)

一、 硯蓋 お土産用(紅竹竹輪蒲鉾、伊達巻鮨、うすらい鮨、花形長芋、綿昆布、九年母、河茸線)一、猪口(土佐醤油、いか酒、辛子、味噌)一、刺身(平目生肌身、めじ大作り、鯛小川巻、若紫蘇、花山椒)(三之膳)一、すまし 吸物(ささい、あん掛平貝、富貴の頭線)一、うま煮 丼(車海老、押銀杏、粉松露、目打白魚、しのうど、鶏卵葛引、肉寄串海鼠、六ツ魚小三木)一、大平(生椎茸、細引人参、火取根芋、露山椒)一、鉢肴(鯛筏、友身二色蒸、風干ほうぼう、菜の花、自然生土佐煮、土筆麹漬、酢取生姜)一、茶碗(鴨大身、竹の子、茗荷竹線)

【本膳】〔二汁五菜本膳〕 (一之膳)一、膾なます(鮑笹作り、糸赤貝、白髪大根、塩椎茸、割栗、葉付金柑)一、汁(米摘入、千鳥午房、布袋しめし、二葉菜、花うど)一、煮物(六ツ花子、煮抜豆腐、花菜)一、香の物(奈良瓜、花塩、味噌漬蕪、房山椒、しの葉菜)

(二之膳)一、蓋 (小金洗鯛、よせ海老、白髪長芋、生椎茸、揃三ツ菜)一、猪口(七子いか、鴨麩、しの牛蒡 )一、汁(甘鯛背切、初霜昆布)一、台引(大蒲鉾)一、焼物 (塩鯛)

(三之膳)一、吸物(吉野魚、玉の露)一、中皿肴(平目作り身、花生姜)一、盃一、銚子一、飯鉢一、通ひ一、湯一、水 Img_edited  「酒饌膳しゅせんぜん(酒宴のための酒の肴)」がつき、本膳料理の大変豪華なもの。魚介類が主体で「鯛」や「平目」、「蛤」、「海老」など、祝いの膳である。だがしかし、ペリー一行の口にあったのかどうか、疑問である。(参考:『ヨコハマ洋食事始め』草間俊郎著、雄山閣刊 『なぜ、江戸の庶民は時間に正確だったのか?』山田順子著、実業之日本社 写真イラストは草間氏の同書より)

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コメント

黒船御一行様に出した日本料理の数々ですね。でも魚ばっかりで肉が無いしさぞかし物足りなかったと思います。ペリ−さんは満足したのでしょうか?

投稿: 通りすがりの旅人 | 2008年11月25日 (火) 22時11分

通りすがりの旅人さん

本当にコメントありがとうございます。別のネタを考えていたのですが、「ペリーの料理の感想」を書くことにしました。その2で、詳しく書きましたので、ご覧ください。

投稿: もりたたろべえ | 2008年11月25日 (火) 23時37分

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