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なつかしの地下鉄《銀座線》

 いまは亡き私の父は、大正9年(1920)の生まれであった。千葉の銚子、鍛冶屋の長男だった父は、結構裕福な暮らしぶりだったようだ。私がこどもの頃、父がよく話してくれた自慢話を思い出す。

 昭和2年(1927)、「東洋唯一の地下鉄道」のキャッチフレーズで有名になった、日本初の地下鉄《銀座線》が、上野と浅草の間で営業を開始した。開業の年、まだ6歳くらいの父は、母親に連れられ、下の妹と一緒にこの地下鉄に乗ったそうだ。《銀座線》は、上野・浅草間、営業キロ2.2㎞であった。駅はいまと同じで、上野→稲荷町(いなりちょう)→田原町(たわらまち)→浅草。現在の乗車時間は、約6分だ。(東京メトロ)

 詳しく調べてみると、《銀座線》の上野浅草間開通は、昭和2年12月30日。随分年末の忙しい時期に開業したが、なるほど浅草への「初詣」には、間に合わせたわけだ。本当は、もう少し早く開業する予定であったが、首都圏を襲った大正12年(1923)の大正大震災の影響で、昭和にずれ込んだようだ。

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 ところで、浅草駅構内には、この開業当時のポスターが、レリーフで残されている。昭和初期のグラフィックデザイナー、「杉浦非水(1876~1965)」の作である。パリのメトロをイメージしたのだろうか、ハイカラな紳士淑女や良家のお子様が、描かれている。

まさに真冬の格好だ。それにしてもこの時代にすばらしい出来栄えのポスターである。この色合いといい、デザインといい、現代でも十分に観賞に耐える。

 また、初期の頃の《銀座線》の車両は、ボディーが黄色で塗られていたそうだ。東西線の葛西(かさい)にある「地下鉄博物館」に、車両が飾られている。

 ちょっと前まで、この《銀座線》に乗ると、直流と交流の切り替えなのか浅草駅の手前で車内の電気が一瞬切れて、非常灯がついた。もちろん車両は、惰性で前に進む。駅に入ると再び電気はついた。これもなつかしい思い出である。

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コメント

trainたろべえさん この地下鉄のポスターは上野駅ですか 浅草駅ですか どこにあるか教えて下さい。現代でも充分に通用するデザインだと思います。

投稿: 通りすがりの旅人 | 2008年11月 6日 (木) 22時40分

古い銀座線は、私も子供の頃に乗ったことがあります。下町人間にとって、銀座線沿線はいわゆる“おでかけ”をしに行く場所ばかりですからね。

運転席が車両の連結部分になっている所があって、その横に立つとハンドルとか見えて、当たり前ですけど、スピードメーターが動くので、興味深く見ていた記憶があります。

駅の手前で照明が消えるのって、丸の内線もそうでしたよね?

投稿: やそちゃん | 2008年11月 7日 (金) 13時16分

通りすがりの旅人さん

コメントありがとうございます。さて、このポスターのレリーフ(浮彫り)ですが、上野駅ですと1番ホーム(渋谷行き)の中程。浅草駅も1番ホームの真ん中にあります。いまでもすばらしい作品だと思います。
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やそちゃん、久しぶりです。

まだ、中村座のお仕事中でしょうか。銀座線の古い車両、なつかしいですね。確か、記念切手にもなっています。さて、おっしゃるように、丸の内線も、そういえば駅に入る直前に電気が切れた気がしますね。

投稿: もりたたろべえ | 2008年11月 7日 (金) 15時35分

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