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【にっぽん旅の文化史】渡辺崋山《游相日記》を読む「その4」①

 Kazan6 崋山と弟子の梧庵は、大山街道・荏田宿の升屋に宿泊。宿の主人にきけば、このあたりには、とくに取り立てて驚くほどの人物はいないそうだ。時折、京都あたりから有名な歌よみ人が来ることもある。(中略)ところで宿泊代は(二人で)460文。(江戸の貨幣価値の換算には諸説あるが、1泊2食付で2人で4,600円と考えた方が無難)

 一池云。頃、狼近き山中に来りすみて、多く犬をとり喰う。夜な夜な往来へ出て人をうかがふとて、行人絶てなし。人家も又、戸さしかたふして出ず。

 

 【宿の主人(一池)がいうには、最近、近くの山の中に住むオオカミが里へ降りてきて、犬を食べる。さらには通りまで出てきて、人間を襲おうとしているため、人通りもなくなり、民家では(安全のため)戸をしっかり閉ざしている】

 どうやら狼が、わがもの顔で闊歩(かっぽ)するくらいだから、自然にあふれている土地であろう。さらにこのあたりでは、また「観音講」といって、馬頭観音を中心に置いて馬の(売り買いの)市が開かれるそうだ。

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9月21日 荏田宿→矢元(横浜市青葉区谷本)→恩田(横浜市青葉区恩田)→長津田

(横浜市緑区長津田)→鶴間(相模原市)→下鶴間(大和市)

 祖母君、母君の御側(かたわら)に侍ると思ふに、耳なれぬ鳥共の囀(さえず)るあり。障子隔てゝ手など拍く。こはいまにと目さむれば、宵にかきちらしたる反故(ほご)の中に枕高う寝たり。はしための雨戸あくれば、日高う、こころよふはれわたりて、きのうこせし山々見ゆる。やがて立出るれば、やがて矢元といふ所に出る。橋あり、銭とりて渡す。もののふはあづからず。恩田茶店にいこふ。柿栗買。銭四十文。

 【旅籠升屋、朝の風景である。自分の祖母や母親のそばにいるような落ち着いた安らかな睡眠中、耳なれない鳥の鳴き声で起きる。障子の向こうで手をたたく音がする。いったいここはどこだ?と目を覚ませば、昨夜、酔っ払って書き散らかした書画、失敗作のゴミの中に枕を高くして寝ていたわけだ。旅籠の女中が雨戸をあけると、もう陽は高く気持よく晴れ渡り、遠くには昨日、越えてきた山々が見える。そして宿を出発、やがて矢元(谷本)という所に到着。川が流れ橋が渡してある。通行料をとるが、武士は無料であった。その後、恩田の茶店で休憩。柿と栗を買い食べる。40文。】

なるほど、秋の風情である。Kazan6_2

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