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ご近所散歩 ちょいと浅草・元祖《来々軒》を捜せ!!【その2】

 《来々軒》(來來軒)については、『にっぽんラーメン物語』(小菅桂子著、講談社+α文庫)に詳しく紹介されている。現在出版されている「ラーメン本」のほとんどが、日本のラーメンの歴史を語るとき、この小菅先生の著作を丸写しであるほどだ。

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 この本の第二話「来々軒物語」の箇所に、東京ラーメンの元祖として、綿密な取材のもとに東京ラーメンの歴史が語られている。このブログでも何度か取り上げたが、来々軒が開店したのは明治43年(1910)、当時東京で一番の賑わいを見せていた浅草公園。浅草新畑町(しんはたまち)三番地、すしや横町の一角に開店した。創業者は尾崎貫一さんという、元税関の役人だった。

 来々軒が評判を呼んだ秘密はなんといっても本場の味、広東料理にあった。当時の店の写真を見ると、「広東料理」と銘打ち、看板には「シウマイ、マンヂウ、シナソバ、ワンタン」と、いわゆる「点心」を宣伝している。この「シナソバ(支那蕎麦)」が、ラーメンである。営業時間は、11:00から23:00と伝わる。大変な繁盛をし、正月には浅草寺の初詣客が詰めかけたのだろう、1日に2,500名のお客さんが来店したそうだ。

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 もちろんこの「シナソバ(支那蕎麦)」は、鶏ガラ、豚骨、野菜で「だし」をとった醤油味のスープで、「東京ラーメン」の原型である。麺は当初、手打ちで後に機械製麺となるが、自家製。ラーメンの具材は、焼き豚、チナチクに刻みネギとシンプルであったそうだが、焼き豚(チャーシュー)やシナチク(メンマ)にも、十分に手をかけ仕込みに時間をかけていた。残念ながら、元祖《来々軒》(來來軒)はすでに閉店しているが、その「東京ラーメン」の味をいまに伝えるのが、唯一、千葉稲毛区の《進来軒》なのである。(以前、紹介済み)

 以上、この書物は1998年刊で絶版になっているが、古本屋さんなどで見つけることはできる。ぜひ、一読をすすめる。

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