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【にっぽん旅の文化史】渡辺崋山《游相日記》を読む「その6」②

Kazan612  小薗(小園)村→国分宿→海老名→相模川(厚木の渡し)→厚木宿

 小園村は、土が赤黒く砂が混じっていて上等な土地柄ではない。田んぼは少なく畑が多い。憧れのお銀様と感動的な再会をした崋山は、厚木に宿をとるため歩き出した。

 相模川をわたる。此川大凡三四丁もありぬらん。清流巴をなして下る。香魚甚多。厚木に到。萬年屋平兵衛が家を主とす。厚木の盛なる都とことならず。家のつくりさまは江戸にかはれども、女男の風俗かはる事なし。

 相模川である。おおよそ川幅3、400mもあろうか、渦を巻いて流れる清流だ。鮎(香魚)が多い。厚木宿に到着。萬年屋に宿泊する。厚木が栄えている様子は、江戸の都と比べても引けを取らない。家々の造りは、江戸とは違っているが、人々の風俗はかわらない。

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 「相模川」は江戸との水運輸送に利用されていた。「舟運(しゅううん)」という。この地方からは、醤油、魚類、干鰯(ほしか、肥料)など、江戸からは米、繭、木材、薪、炭等の物資が運ばれた。

さて鮎は、独特の香りがすることから「香魚」と呼ばれる。また、秋に河口近くの浅瀬で生まれ、海で冬を越し、春になると川を上って成長し、再び秋に川を下って産卵をするため1年で生涯を閉じることから「年魚」とも言われる。いまでも厚木の名物とされ、天然ものの「鮎料理」は、解禁時期の6月から10月中旬まで提供されている。(厚木市観光協会)もちろん厚木の旅籠・萬年屋の夕食では、崋山一行には鮎料理も提供されることになる。

現代の厚木の町を歩くと、残念ながら「宿場」の面影はまったくない。車の交通量の多い街道筋には、ひっそりと「渡辺崋山滞留の地」の石碑が、旅籠・萬年屋跡に建っている。(写真 厚木の渡し/萬年屋跡地に建つ崋山滞留の地/幕末の厚木宿・ベアド撮影)

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