ご近所グルメ 浅草《来集軒》と《ら麺亭》の【シュウマイ】
浅草では、ちょっとしたビールのつまみやランチタイムの付合せに「シュウマイ」のおいしい店がある。西浅草のラーメンのうまい《来集軒》は、おすすめ。もちろん自家製で皮もおいしい。挽肉と野菜のコンビネーションもよい。500円。
それから伝法院通りの《ら麺亭》。こちらは320円という良心的な価格でおいしいラーメンを提供する人気店だが、ランチタイムには、180円追加すれば、シュウマイ小ライスも食べられる。自家製でまじめなシュウマイだ。おいしい。
浅草では、ちょっとしたビールのつまみやランチタイムの付合せに「シュウマイ」のおいしい店がある。西浅草のラーメンのうまい《来集軒》は、おすすめ。もちろん自家製で皮もおいしい。挽肉と野菜のコンビネーションもよい。500円。
それから伝法院通りの《ら麺亭》。こちらは320円という良心的な価格でおいしいラーメンを提供する人気店だが、ランチタイムには、180円追加すれば、シュウマイ小ライスも食べられる。自家製でまじめなシュウマイだ。おいしい。
浅草の中華料理の老舗《宝来楼》、以前「牡蠣(かき)ラーメン」を紹介したが、今回は「ネギラーメン」に挑戦した。この店はコックさんの腕がいいのか、たくさんスタッフがいるのか、料理が出るのが、あっという間だ。ものの5分くらいで「ネギラーメン」の登場。
ネギラーメン、930円。どんぶりの上には、細切りの長ネギと焼豚の千切りが載る。ゴマ油とラー油、牡蠣油などで味がついている。少しピリ辛だが、いい味だ。鶏ガラでとったスープも、旨みが十分で納得できる。これに細麺である。
昭和30年代初めから観光地・浅草で商売を始め、50年以上の歴史を刻むお店だそうだ。観音通りにあるので、アーケードになっていて雨降りでも濡れない。にぎやかで少々ドギツイ装飾の店だが、味はよい。ただし、安くはない。
■広東料理 宝来楼 (再掲載)
■東京都台東区浅草1-1-7(銀座線・東武線 浅草駅
■TEL:03(3841)4592
浅草の小さなお寿司屋さん《いさりび》に、たまに寄る。ここでは、自分の好きな握りを頼む。回転寿司ほど安くはないが、老舗の店ほど高くはない。おおよそ、1貫250円から300円程度。おすすめの3品その他は、つぎのとおり。
鯖(サバ):三浦半島ものがうまい。もちろん九州は佐賀県産も入る。
コハダ:職人の下ごしらえ、腕の見せ所で「江戸前」もよいが、房総(千葉)ものもうまい。
ホウボウ:これは千葉銚子産。煮きり醤油に生姜もよいが、シンプルに塩でたべてもよい。白身のサカナ。
イカの塩辛:ぬめりを焼酎でとる。ワタを入れ、酒が調味料で、絶品である。
《いさりび》は、ホットペッパー等もしくは、このブログで検索ください。
浅草、新仲見世にある中華料理《花蒋(はなしょう)》へ。台湾料理の店である。各種定食もあるが、麺類も豊富だ。ラーメン580円、チャーシューメン750円、台湾ラーメン680円、牛すじラーメン800円に排骨(パイコー)担担麺980円など。
担担麺を食べる。ランチタイムは、麺のほか、小ライス・ザーサイ・杏仁豆腐がついて800円。きちんとした味で、そこそこ辛い。挽肉、チンゲン菜、刻みネギと常識的な具材。中細麺だ。トンコツが効いている。これなら、別に悪くない。もちろん料理人は台湾の方である。
■ 中華料理 花蒋(はなしょう)
■ 東京都台東区浅草1-27-1
■ TEL: 03(5828)2881
■ 営業時間/11:00~23:00
※浅草の担担麺については、「坦々亭」、「四川ハウス」、「馬賊」がおすすめ。
福島県会津の喜多方へは、何度か訪れたことがある。ツアーの添乗をしたときには、市役所の駐車場にバスを停め、自由時間をとる。ラーメンは、「蔵のまち喜多方 老麺会(らあーめんかい)」のマップを配り、各自で食べる。そのとき、有名な「坂内(ばんない)食堂」へ行った。平日だったが、20分ほどの行列で、シナそば(ラーメン)にありついた。
喜多方ラーメンの特徴は、まず麺だそうだ。喜多方老麺会によれば。「平打ち熟成多加水麺」という。スープは透明な豚骨ベース。チャーシュー(焼豚)にも各店独自の特徴があってうまい。冬は寒い地方なので、濃い目の味付けだと思う。
さて、チェーン展開をする《会津・喜多方ラーメン 坂内》だが、もちろんプロデュースは、喜多方の「坂内食堂」である。盛り付けや味もよく似ている。しかし、「水」のうまさや平打ち麺の食感は、どうしたって現地のものにはかなわない。それでも結構おいしい。麺は、ぬるっとした感じで、もっともっと研究すべきだと思う。チャーシューは十分、合格点。確かに濃い目の味だ。しかし喜多方ラーメン580円は、なんといってもお得である。(しかもランチタイムには小ライスもサービス)
■喜多方ラーメン 坂内 浅草店
■東京都台東区雷門2-4-11
■TEL:03(3847)1161
■営業時間/平日11:00~23:00 日祭日 11:00~22:00(年中無休)
浅草でも人気のラーメン屋さん《与ろゐ屋》の冬季限定、「冬味噌らーめん」を食べた。やはり寒い冬には、体の芯からあたたまる「味噌」はよい。
ご存知《与ろゐ屋》さんは、鶏ガラと豚骨(ゲンコツ)に各種魚介系で、「だし」をとり、和風の「らーめん」を提供する、浅草でも屈指の名店。土日祝日は、店の前に行列が絶えることはない。
さて冬味噌らーめん(800円)は、米麹(こめこうじ)の粒々感が残る「江戸味噌」を中心に数種類の味噌をブレンドしている。白みそベースのまろやかな甘みの残るスープだ。これに中細麺がうまくマッチする。挽肉・もやし・ニラ・にんじん・白髪ネギ、そして赤い糸唐辛子が具材である。
「糸唐辛子」は、韓国料理の冷麺やビビンバによく使われるが、赤唐辛子を乾燥させ、細長く切った糸状の薬味だ。香り、風味がよい。一般的には担々麺の上にのっていることもある。
冬場しか「冬味噌らーめん」を食べられないのも残念だが、ぜひ一度挑戦する価値がある。なかなかおいしい。
(お店のデータはつぎのアドレス参照)
ご近所グルメ《与ろゐ屋》浅草和風ラーメンならここだ!!
http://tabikoborebanashi.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_d47e.html
大学生の頃から仏像や寺院建築、古美術が好きだった。建物の歴史的背景が、どうのこうのとか、仏像の様式がどうだとか、随分、生意気な美術評論家だったと反省している。とにかく春休みや夏休み、秋の試験休みは、アルバイトでためた資金で、よく奈良へ旅行をした。その頃、利用したのは、寝台急行「銀河」である。
東京23:00発の銀河は、品川・横浜・大船を経て、小田原0:15(ここで日付がかわる)・熱海・静岡・岐阜・米原、そして朝6:43には京都駅に到着した。学生だから運賃は学割を使う。もちろん2段のB寝台。京都駅のホームで顔を洗い、近鉄に乗り換え、特急に乗り30分ほどで近鉄奈良へ。まだ朝である。
近鉄奈良駅で下車、鹿のいる奈良公園を抜け、国立博物館へ。とりあえず、日吉館へ荷物を置く。それからお寺廻りへ出かける。夕方、歩き疲れて戻る。「お風呂は実力で入る」のだが、込み合っているので、仲間を誘って銭湯へ行く。夕食は、定番の「すき焼き」である。その日会ったばかりの相部屋の仲間と同じ鍋をいただく。それからが長い。各自の古美術談義である。意気投合すると、あしたは法隆寺に行こうとか、高畑の新薬師寺に十二神将を拝みに行こうとか、山の辺の道で歌碑の拓本をとろうなどと、話がまとまる。
本当に不思議な宿だ。必ずお寺参りをアドバイスしてくれる常連がいる。先輩たちにきいて法華寺の十一面観音が好きになった。光明皇后がモデルだという。慈悲の心に満ちた観音様だ。そんな奈良が、たまらなく好きだった大学生の頃だ。だから旅行を仕事とするようになったのかもしれない。そんな意味で、私の人生の原点が、奈良であり、日吉館であった。
會津八一(あいづやいち1881~1956)は、奈良をこよなく愛し、常宿の日吉館(ひよしかん)》のご主人に自作の和歌を贈っている。
おほてらの まろきはしらの つきかけを
つちに ふみつつ ものをこそ おもへ (秋艸道人しゅうそうどうじん)
実際には唐招提寺で詠んだ歌である。おそらく秋の夜、大きな寺で月の光を見て、心をうごかされた情景だろう。
さて、會津八一と《日吉館》といえば、やはり日吉館の看板を抜きには語れない。屋根の上にあった横書きのものと、入口にあった縦書きの看板は、八一の書である。私が日吉館に通っていた頃でも、まだまだ木の看板が大手を振って飾ってあった。
昭和4年、八一はこの看板の元になる書を認(したた)めた。日吉館の文字を揮毫するにあたり、三日がかりで、30枚近く書き損じた。墨も三合あまり使った。彫刻師には、勝手に大きさを変えず、八一の書をそのままの大きさで彫らせるように指示を出している。このときの(右からの)横書きの「日吉館」が玄関上の屋根に置かれ、「ひよし館」と平仮名で書かれた縦書きの看板は、入口に向かって右側に飾られた。私が泊っていたのは、昭和50年代だから、これら木製の看板がつくられてから50年近くもたっていたことになる。
看板の文字には、最初白いとのこが埋められたいたようだが、長い年月、風雨に耐えたためか、白い色か消えていた。現在では、この横看板は早稲田大学に保存されている。
(参考:『奈良の宿・日吉館』太田博太郎編、講談社、日吉館前の八一の写真も同書より)
會津八一(あいづやいち・秋艸道人しゅうそうどうじん1881~1956)は、奈良をこよなく愛した歌人であり、書家であり、美術史家であった。八一の奈良での定宿が、私にとっても忘れられない《日吉館(ひよしかん)》であった。
八一は、明治14年(1881)、新潟市に生まれ、同39年(1906)、早稲田大学英文学科を卒業。故郷で英語教師をつとめ、後に早稲田中学の教員、さらに早大英文学科の講師となる。その頃から古都奈良への思い入れが深く、大正10年から常宿として日吉館に宿泊。大正14年には早大付属高等学院の教授、さらに昭和元年(1926)には早大文学部で東洋美術史の講座を担当する。昭和13年(1938)、早大文学部哲学科の芸術学専攻主任教授になる。まさに奈良の仏像や寺社の美術史的研究をはじめ、度々の古都への旅行で多くの歌を詠んだ。昭和31年(1956)、76歳で亡くなるまで、学問と趣味に生きた人物といってよい。
そんな八一が、晩年(73歳)、自分の歌集『鹿鳴集(ろくめいしゅう)』に、自ら解説と注釈をつけた『自註鹿鳴集』を出した。この中に《日吉館》が登場する。
奈良の宿にて
をじか なく ふるき みやこ の さむき よ を
いへ は おもはず いにしへ おもふ に
奈良の宿 作者(八一)は明治41年(1908)の第一遊には、東大寺転害門外の「対山楼」といふに宿れりしも、その後は登大路町の「日吉館」を常宿とす。
【牡鹿鳴く古き都の寒き夜を 家(故郷)は思わず 古(いにしえ)思う】
漢字に書き換えてみると、意味はわかりやすいが、會津八一独特のやさしいリズムと少し離れてしまう気がする。さて、私の学生の頃(昭和50年代)確かに日吉館に泊っていると、すぐ裏の庭まで奈良公園の鹿が入ってきた。角を生やした牡鹿が、鳴くのもきいたことがある。八一の時代から80年近くも、日吉館の歴史は止っていたのだろうか。
ここで私の大好きな八一の一首を紹介する。薬師寺東塔を詠んだ一首だ。
すゐえんの あまつおとめが ころもでの ひまにもすめる あきのそらかな
(水煙のあまつ乙女が、衣での 暇にも住める 秋の空かな)
東塔の最上部に「水煙(すいえん)」がある。そこには、天女が衣を着て舞う姿が彫刻されている。まるで秋の真っ青な空に、住んでいるかのようにすがすがしく舞い踊る姿が美しい。そんな情景である。
(イラスト:たろべえ 写真:薬師寺東塔by flicr)
浅草は国際通り、浅草ビューホテル手前の《中国小菜 龍圓(りゅうえん)》
は、個性的な高級中国料理の名店である。夜は、一人6,000円以上、お任せで10,000円からのコースとなる。あわびやフカヒレ、トリフなどの高級素材の料理だ。ところが、ランチタイムには、すばらしい素材の麺類などを手頃なお値段で提供してくれる。
なんといっても《龍圓》の自慢は、「上湯(シャンタン)」と呼ばれる澄んだスープである。極上の丸鶏(親鶏)、豚肉(金華ハム)に野菜を加えて、コトコトと長時間煮込む。塩と中国酒で味を調整する。あっさりしているが、コクがあり奥が深い上品なスープとなる。
この上湯スープが、そのまま味わえるのが「塩ラーメン」で、1日30食の限定だ。
750円。まぎれもなく透き通ったスープは、旨みたっぷりのあっさり塩味。自家製麺の細麺は、タマゴを練り込み、小麦粉本来のしっかりした歯ごたえがある。おそらくかん水を最小限に抑えているのかもしれない。具は、乾燥ものを1週間かけてもどして、味付けをしたメンマ、焼き豚に刻んだ万能ネギだ。白ゴマも入る。これだけで、スープと麺と具材の三位(さんみ)一体のハーモーニーを奏(かな)でる。これはなかなか絶品である。
「ランチタイム」には、ラーメン600円、メンマラーメン800円、チャーシューメン900円、辛口タンタンメン800円、チャーハン900円などの「麺飯類」を単品でも注文できる。しかしお店の方針でディナータイムには、麺飯類だけや点心との組合せでも頼むことはできない。何品かのコース料理の締めに麺類を食べることができる。要するにランチタイムは、お得なようだ。
■中国小菜 龍圓
■東京都台東区西浅草3-1-9(東武浅草駅から徒歩10分、つくばエキスプレス浅草駅すぐ)
■TEL:03(3844)2581
■営業時間/平日12:00~14:00 17:30~21:00
日祭日12:00~14:00 17:00~20:30 月曜休み
平成21年(2009)2月2日、浅草にオープンした、黄色い看板が目印の《麺家ぶんすけ》再訪。今回は「塩ラーメン」に挑戦した。開店して二週間、店内は少し落ち着いてきた様子だ。すぐに満席になる。
ラーメンどんぶりに、山盛りの茹でもやしとキャベツが中太麺に載る。豚骨ベースのスープは、魚介系の「だし」もきく。甘みを感じる。豚骨は、長時間かけて沸騰させずにとろ火で煮込む。博多ラーメンの白濁したスープとは違う。結構、手間をかけている。チャーシュー、メンマに刻みネギも具材として入る。表面には鷹の爪(唐辛子)のみじん切りをあわせた鶏油が浮く。これは、前回食べた「醤油」より、好みの味だ。
開店当初、ラーメンの上にのせる野菜は、大盛り・普通・少なめの希望をきかれたが、どうやら少なめで一律につくるようになった。それでも「野菜のお替りは自由です。おなかいっぱい食べてください」と、店内に掲示があった。
さて「塩ラーメン」は、ほぼ満足の味だった。スープとだしと塩での勝負。手抜きの許されない仕事だ。基本でも野菜(もやしとキャベツ)が入っているため、満腹感あり。人気店として今後、やっていけるように、密かに応援したい気持だ。ご主人は、熊のようで一見こわいが、きちんと接客をし、好感がもてた。
■麺家 ぶんすけ
■東京都台東区花川戸2-15-2(第1サンライズM102)
■TEL:03(3842)4147
■営業時間/11:30 ~20:30
※定休日は現在未定だが、水曜休みになりそうである。
鹿児島のラーメンも基本は、とんこつである。九州のラーメンは、とんこつをよく煮込み、乳化した白いスープだ。これに鶏ガラや和風の鰹節などを加える。《鹿児島ラーメン》は、このスープに醤油ダレが入っている。
鹿児島ツアーの帰路、空港で「エアポート山形屋ファミリーレストラン」に立ち寄り、ここで「トンコツラーメン」(890円)を食す。白濁したクリーミーなスープに中細麺。(麺は水分が少ないので、スープとはあまりなじまない気がした)
具材はチャーシューではなく黒豚の角煮のスライス、もやし、ワカメ、刻んだ万能ネギが載る。普通においしい。決して油っぽくはない。こってり系のはずだが、思ったよりあっさりしていてコクがある。トンコツ特有の臭みは消えている。おそらく長時間煮込むのだろう。
九州のラーメンには、細くて青い(緑)の「万能ネギ」が似合う。関東の太めのネギほど、風味はないが鮮やかな緑色が、白いスープに映える。しかもどっさり入る。味噌ラーメンは別格として、澄んだスープの東京ラーメンとは、両極端の《鹿児島ラーメン》
だが、焼酎を飲んだあとは最高だろうと思う。都内で、本格的な博多ラーメンは食べられるが《鹿児島ラーメン》の店には、まだ出会ったことがない。ラーメン本には、東京の鹿児島ラーメンもいくつか紹介されているので、折をみて挑戦してみようと思っている。
《来々軒》(來來軒)については、『にっぽんラーメン物語』(小菅桂子著、講談社+α文庫)に詳しく紹介されている。現在出版されている「ラーメン本」のほとんどが、日本のラーメンの歴史を語るとき、この小菅先生の著作を丸写しであるほどだ。
この本の第二話「来々軒物語」の箇所に、東京ラーメンの元祖として、綿密な取材のもとに東京ラーメンの歴史が語られている。このブログでも何度か取り上げたが、来々軒が開店したのは明治43年(1910)、当時東京で一番の賑わいを見せていた浅草公園。浅草新畑町(しんはたまち)三番地、すしや横町の一角に開店した。創業者は尾崎貫一さんという、元税関の役人だった。
来々軒が評判を呼んだ秘密はなんといっても本場の味、広東料理にあった。当時の店の写真を見ると、「広東料理」と銘打ち、看板には「シウマイ、マンヂウ、シナソバ、ワンタン」と、いわゆる「点心」を宣伝している。この「シナソバ(支那蕎麦)」が、ラーメンである。営業時間は、11:00から23:00と伝わる。大変な繁盛をし、正月には浅草寺の初詣客が詰めかけたのだろう、1日に2,500名のお客さんが来店したそうだ。
もちろんこの「シナソバ(支那蕎麦)」は、鶏ガラ、豚骨、野菜で「だし」をとった醤油味のスープで、「東京ラーメン」の原型である。麺は当初、手打ちで後に機械製麺となるが、自家製。ラーメンの具材は、焼き豚、チナチクに刻みネギとシンプルであったそうだが、焼き豚(チャーシュー)やシナチク(メンマ)にも、十分に手をかけ仕込みに時間をかけていた。残念ながら、元祖《来々軒》(來來軒)はすでに閉店しているが、その「東京ラーメン」の味をいまに伝えるのが、唯一、千葉稲毛区の《進来軒》なのである。(以前、紹介済み)
以上、この書物は1998年刊で絶版になっているが、古本屋さんなどで見つけることはできる。ぜひ、一読をすすめる。
先日、このブログでも紹介した、浅草の「東京ラーメン」のルーツといえば、《来々軒》(來來軒)だ。さて、どこにあったのか?昔の住所では、台東区の新畑町、いまの浅草1丁目である。そこで、浅草の文献・資料・書籍の宝庫「浅草文庫」(テプコ浅草館)で調べてみた。(どうやら台東区浅草1丁目13番地あたりらしい)
大正11年の浅草の地図があった。「すしや横町(現すしや通り)」に《来々軒》はあった。明治43年の創業だから当然だが、大正12年の関東大震災で、このあたりは壊滅している。しかしすぐに町並みは再建され、《来々軒》も営業を再開したようだ。
この大正11年の地図では、「支那料理 来々軒」は、すしや横町の浅草公園六区寄りの端にある。(地図に黄色でマーカーをした場所)確かに、10軒近くのお寿司屋さんもある。おそらく明治末期から大正、昭和初期には、浅草は大衆娯楽の聖地であって、日本で最もにぎやかな歓楽街であった。浅草六区へ続く「すしや横町」は、そんな意味では、日本一活気あふれる通りであったようだ。
昔の地図をみると、浅草でも様々なお店がある。呉服屋、下駄屋、小間物屋、洋傘屋、組糸屋、酒屋、鞄(カバン)屋、写真館、洋食屋、ミルクホール(喫茶店)、そば屋、鳥屋、金物屋、煙草(たばこ)屋、薬局、靴屋、帯屋、袋物屋?、だんご屋、理髪店、料理屋などである。もちろんいまでもみかける業種もあるが、なつかしい庶民の街の風物詩的なお店も多い。
おもしろいのは、すしや横町の《来々軒》の向かいが、「志るこ飯田」(おしるこだから甘味処だろう)で、その隣が「あげものや」(天ぷら?)である。古い地図をみながらタイムスリップすれば、当時の町の様子が目に浮かんでくるから不思議だ。ノスタルジックな体験ができる。
※地図は浅草文庫提供。作図はたろべえ。
浅草駅近くに昨年11月改築オープンしたのが、《めん屋 浅草店》だ。イオングループでオリジン弁当の会社が経営する。(めん屋東秀という。全国のイオンにチェーン展開している)
たまにはこういった店でラーメンを食べる。とんこつ醤油ラーメン、680円なり。大きな炙(あぶ)りチャーシューが特徴だ。スープはよく乳化している「とんこつ」味。細麺だが、イマイチかもしれない。もやしと万能ネギに温泉タマゴ半身、海苔も入る。テープルにある「辛味噌」を溶かすと風味が増す。(ランチタイムはお得なメニューあり)
■めん屋 東秀 浅草店
■東京都台東区雷門2-18-16
■TEL:03(5828)1021
■営業時間/11:00~23:00(年中無休)
浅草からはちょっぴり遠いが、吉原大門に遠征した。別に青い灯、赤い灯、黄色いネオンを求めて行ったのではなく、地元で人気の《手打ち らあめん 武蔵》が目的である。実はこの店、2回目の訪問だ。(江戸時代から戦前までは、遊郭として栄えた地域)
この店のイチオシは「武蔵ラーメン」(780円)。豚肉・ザーサイ・ピーマン・玉ねぎを炒めて具がのったラーメンである。ちょっと油っぽいけれど、ボリュームがあってうまい。中太の手打ち麺が魅力で、食感がよい。
そこで2回目は、原点に帰って、「正油ラーメン」(580円)を注文することにした。チャーシュー、ピリ辛メンマ、海苔、刻みネギの具材に、中太平打ち麺(手打ち)だ。なんとなく稲庭うどん風でうまい。スープは鶏ガラ、豚骨、野菜、鰹節と思われる「だし」だが、醤油と仲良しで甘みも感じられる。とくに、ピリ辛のメンマがアクセントになっている。このほかには、担々麺などもある。餃子もおいしい。
■手打ち らあめん 武蔵
■東京都台東区千束4-36-1(吉原大門交差点、浅草寺から徒歩20分)
■TEL:03(3872)7204
■営業時間/11:30~13:30 18:00~21:30 火曜定休
《じゅらく》といえば、聚楽チェーンで各地にホテルやレストラン等を経営するグループである。元々は東京の神田須田町に大正13年(1924)、「須田町食堂」という、当時ではハイカラなレストランを開業したのが始まり。浅草では一時、古典的な遊園地の「花屋敷」を経営していた。いまでは、和洋中の大衆レストランである。昭和9年に、「株式会社 聚楽」を設立。なんとレストランについては、昭和10年代には90店舗近くもチェーン展開をしていたそうだ。
「下町ラーメン」(630円)を食べた。鶏ガラや魚介系の和風だしがきく、醤油味の懐かしいラーメンだ。海苔、チャーシュー、メンマ、ナルト、いんげんに刻みネギといった具材である。少し化学調味料の味も気になったが、東京ラーメン発祥の地・浅草でこういったレトロな一杯を食べられるのも幸せなことだ。普通にうまい。
実は新仲見世を歩いていて《浅草じゅらく》の前を通ったら、ショーウィンドゥに各種メニューが並んでいた。ハンバーグや様々な定食、麺類もある。そんな中に「下町ラーメン」がある。なんとなく興味をそそられてしまった。
■浅草じゅらく(ファミリーレストラン 聚楽浅草店)
■東京都台東区浅草1-23-9(東武浅草駅から新仲見世を約8分)
■TEL:03(3841)5025
■営業時間/11:00~21:00(年中無休)
その道では権威のある「新横浜ラーメン博物館」の“日本のラーメンの歴史”の「ラーメン黎明期」につぎのような記載がある。
1910年: 浅草「来々軒」が創業。屋台ではなく、店舗を構えたラーメン専門店としては、日本初のお店である。当時は絶大な人気を博したようだが、残念ながら既に閉店している。
東京の浅草にあった《来々軒》(來來軒)が、澄んだ醤油味スープの「東京ラーメン」のルーツであることは定説となっている。明治43年創業でこの店は、庶民の娯楽の殿堂・浅草にあって大変な人気を集めていたようだ。「支那(しな)料理・広東料理」という看板を出しており、シウマイ(シュウマイ)、マンチウ(饅頭)、シナソバ、ワンタンが看板メニューであったそうだ。この「シナソバ(支那蕎麦)」、つまり「中華そば」いまのラ-メンが人気だった。その後、この人気店は第二次大戦中の昭和18年に店をたたみ、終戦後のドサクサで浅草の店は、第三者に不法占拠されてしまう。ようやく戦後も落ち着いた昭和29年(1954)、東京駅近くの中央区八重洲4丁目に開店。昭和40年(1965)には千代田区内神田2丁目に移転したものの、後継者不足から51年(1976)やむなく《来々軒》は閉店となった。
記録によれば、《来々軒》のラーメン(中華そば)は、つぎのようなものだった。スープは鶏ガラと豚骨、野菜でとる。当初、麺は手打ちで、小麦粉に卵、カンスイで打つ。具はシンプルに焼き豚(チャーシュー)、シナチク(メンマ)に刻みネギ。もちろん醤油味であった。とくに「焼き豚」は、大きなレンガ製のかまどに薪を入れ、細長く切った肩バラ肉に醤油と赤ザラメ(砂糖)、塩をまぶして、味をしみ込ませ、蒸し焼きにしたそうである。それだけでも2時間はかかるというから、丹念な仕事だ。シナチクも当時は乾物を水で1週間かけてもどし、豚のバラ肉と共に3、4時間かけて、赤ザラメや醤油でじっくり煮込んで、やらかくしていた。(参考:『にっぽんラーメン物語』小菅桂子著、講談社α文庫)
実はこの《来々軒》で修行した方が、いまも千葉県稲毛区でお店を開いていて、元祖の味を受け継いでいるという。《進来軒》という。そこで、先日休みを利用して出かけた。なんとなく昔の恋人に逢いにいくような気分だ。
千葉駅からモノレールに乗り、「穴川駅」下車。住宅街を10分ほど歩く。お昼を少し過ぎていたが、大変な混雑だ。さっそく「ラーメン」500円を注文。ほどなくすると運ばれてきたどんぶり。澄んだスープは、鶏ガラと野菜ですっきり、あっさり醤油味である。中細のタマゴ麺もうまい。具はチャーシュー、メンマ、ナルトにウズラ、刻みネギである。なぜか、ほっとする。これが「東京ラーメン」の元祖の味である。おそらく誰が食べても、うまいと思うだろう。(《来々軒》(來來軒)の写真は、大正2年頃、『にっぽんラーメン物語』より)
■ 進来軒
■ 千葉県千葉市稲毛区天台5-6-5
■ TEL:043(251)0204
■ 営業時間/11:00~15:00 17:00~20:30
■ 定休:毎週月曜日、第3火曜日
地下鉄銀座線の稲荷町と田原町の中間あたり、合羽橋(かっぱばし)近くに、昨年(2008)7月、オープンした人気店《中華そば てんくう》がある。カウンター7席、2人掛けテーブルが3卓で計13席の細長い店だ。ずっと気になっていたが、先日行ってきた。うわさに違(たが)わずうまいラーメンを食べた。
券売機で食券を買う。明るい「いらっしゃいませ」の声で、ポニーテルのきれいな奥様が迎えてくれる。ラーメンをつくるのは、男前のご主人だ。ここの売りは、和風の塩または醤油ラーメン。さらに、えび塩ワンタン麺やつけ麺、最近では担担麺も始めた。とりあえず、入門なので「醤油ラーメン」650円に決めた。
スープは鶏や煮干、鰹節など魚介系のだしである。あっさりした和風味だ。表面には鶏油が浮く。具材は炙りチャーシュー、やわらかい大きめのメンマ、海苔、ホウレン草、そして小さくみじんに刻んだネギ。自家製の細麺もよい。あっさりした醤油味だが、おそらく血合いを含んだ濃厚な宗田節(宗田鰹の削り節)が効いていて、奥深い風味を感じる。何度食べても飽きの来ないものだ。
自家製麺の細麺は、手間をかけているのがわかる。もっちり感とのど越しが違う。だから次々にお客さんがやって来る。すぐに行列ができる。開店してまだ1年未満というのにラーメン通の間では評価が高いそうだ。きれいな店内。確かに納得の味だった。
■ 中華そば てんくう(天空)
■ 東京都台東区松が谷1-3-15
■ TEL:03(6914)2231
■ 営業時間/平日・土曜 11:30~15:00 17:30~21:00
■ 祝日 11:30~15:00 日曜休み
地下鉄銀座線「浅草駅」の地下商店街にある《ラーメン 山小屋》だが、「みそラーメン」もメニューにあるので食べてみた。意外といっては失礼だが、これがうまい。
みそラーメン、500円。秘伝の味噌は二種類をブレンドしているという。基本は白味噌でスープには白ゴマが入る。具材は、チャーシュー、メンマ、海苔、刻みネギとシンプルである。中太のタマゴ麺もうまい。
地下街の《山小屋》は、居酒屋である。東武伊勢崎線で遠方へ帰るサラリーーマンの「止まり木」的存在だ。特急りょうもう号で群馬方面へ帰宅する人もいれば、鹿沼、日光方面へ帰る人もいる。本当は店名のとおり、ラーメン屋なのだが、ほとんどの人が時間つぶしに飲んで行く。考えてみれば不思議な店だ。たぶん単価が安いから儲かるには程遠いだろうと思う。しかしこんな庶民の、一介の勤め人の、お父さんたちに手を差し伸べてくれる店が、うれしい。
ここ浅草駅地下街は、焼きそばの《福ちゃん》をはじめ、都内でも人気の立ち食いそば《文殊》など、捨てがたい店舗がある。嫌な仕事で疲れた体に、ささやかな幸せを注入してくれる空間かもしれない。お父さんたちは、ここで明日への勇気を充電して生きていくのである。だから下町・浅草には、人情が満ち溢れている。
世の中には敷居の高いラーメン屋さんがある。東京都台東区元浅草(稲荷町)にある《凡凡ハウス》もその1軒だ。ここは、山形県の赤湯温泉にルーツをもつ「赤湯辛みそラーメン」が売りである。営業は、週に月・火・木・金のみ(水・土・日・祝日は休み)。 しかも営業時間は11:00~14:00と短い。店内はカウンターのみ、12~15席程度で、店主が一人で切り盛りする。しかも食券制で、カウンターも順番で詰めてすわらないと、ご主人に注意される。もちろん禁煙で、誰一人としておしゃべりなどせず、黙々とラーメンを食べるのみである。
おすすめの「みそ 唐みそ」700円を食べる。スープは麹(こうじ)の白味噌をはじめ、各種ブレンドらしい。野菜と鶏ガラのだし。大きめのチャーシュー、メンマ、韓国海苔、刻みネギに青さ(青のり)。中心に梅干大の赤い「唐みそ(辛子みそ)」がのる。
中太麺は自家製で、もちもちしている。これがスープとの相性ぴったり。実にうまい。
なるほど、「敷居が高い」のも納得のラーメンである。
「唐みそ(辛子みそ)」は、ニンニクと唐辛子も入っていて、ピリ辛だが、食べ進むうちに徐々にスープに溶かしていくとおいしい。
ところで赤湯温泉だが、以前JR東日本さんの山形キャンペーン現地研修で訪れたことがある。「いきかえりの宿・瀧波(たきなみ)」に宿泊した。300年前の米沢藩時代の豪華な庄屋さんの館を移築して旅館にした趣ある建物だ。源泉掛け流しの温泉もよい。朝食は宿泊者全員が一同に会して「餅つき」をおこなう。従業員さんの教育も行き届いている宿で大変、気持のよい旅であった。この瀧波の須藤社長さんに夜、「赤湯辛みそラーメン」へ案内していただいた。そこは昭和33年創業の《龍上海》という名店で、実においしいラーメンだった。この元浅草の凡凡ハウスの「みそ 唐みそ」ラーメンは、間違いなく赤湯と同じ味だ。凡凡のご主人は、ここに店を出すにあたり赤湯で修行をしたそうだ。月・火・木・金の昼間しか営業をしていないので、確かになかなか行きにくく、ハードルが高いのだが、食べてみれば、一人で麺もスープも仕込むのだから仕方がないとも思えてくる。(しょうゆラーメンや普通のみそラーメン、つけ麺もある)
■凡凡ハウス (赤湯 辛味噌ラーメン)
■東京都台東区元浅草2-7-14 (地下鉄銀座線稲荷町下車3分)
■TEL:03(3833)2050
■営業時間/月・火・木・金の11:00~14:00
※お休みは、水・土・日・祝日
小薗(小園)村→国分宿→海老名→相模川(厚木の渡し)→厚木宿
小園村は、土が赤黒く砂が混じっていて上等な土地柄ではない。田んぼは少なく畑が多い。憧れのお銀様と感動的な再会をした崋山は、厚木に宿をとるため歩き出した。
相模川をわたる。此川大凡三四丁もありぬらん。清流巴をなして下る。香魚甚多。厚木に到。萬年屋平兵衛が家を主とす。厚木の盛なる都とことならず。家のつくりさまは江戸にかはれども、女男の風俗かはる事なし。
相模川である。おおよそ川幅3、400mもあろうか、渦を巻いて流れる清流だ。鮎(香魚)が多い。厚木宿に到着。萬年屋に宿泊する。厚木が栄えている様子は、江戸の都と比べても引けを取らない。家々の造りは、江戸とは違っているが、人々の風俗はかわらない。
「相模川」は江戸との水運輸送に利用されていた。「舟運(しゅううん)」という。この地方からは、醤油、魚類、干鰯(ほしか、肥料)など、江戸からは米、繭、木材、薪、炭等の物資が運ばれた。
さて鮎は、独特の香りがすることから「香魚」と呼ばれる。また、秋に河口近くの浅瀬で生まれ、海で冬を越し、春になると川を上って成長し、再び秋に川を下って産卵をするため1年で生涯を閉じることから「年魚」とも言われる。いまでも厚木の名物とされ、天然ものの「鮎料理」は、解禁時期の6月から10月中旬まで提供されている。(厚木市観光協会)もちろん厚木の旅籠・萬年屋の夕食では、崋山一行には鮎料理も提供されることになる。
現代の厚木の町を歩くと、残念ながら「宿場」の面影はまったくない。車の交通量の多い街道筋には、ひっそりと「渡辺崋山滞留の地」の石碑が、旅籠・萬年屋跡に建っている。(写真 厚木の渡し/萬年屋跡地に建つ崋山滞留の地/幕末の厚木宿・ベアド撮影)
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浅草にオープンしてもうすぐ1年、「岩のりラーメン」の《ばんゆう》に行く。と、いっても月に1度は食べたくなる「魚介系」スープのお店である。ここの店の定番は、岩のりでオープン当初980円だったが、いまは850円と食べやすくなった。
この店は「醤油ラーメン」(当初750円→いま650円)も「塩ラーメン」(当初880円→700円)もうまい。自家製麺は細麺の平打ちで、つるっとした“のどごし”、モチモチっとした食感が特徴だ。もちろん、この店は、スープ(だし)へのこだわりが、最大の売りである。(世の中の経済状況にあわせて値下げしたのはうれしい)
店頭の垂れ幕や店内の掲示によれば、スープは、豚骨・鶏ガラのほか、数々の魚介系で「だし」をとる。日高昆布、帆立貝柱、土佐の鰹節、瀬戸内海の小魚そして九州天草の秋刀魚(サンマ)干だ。これらが独特の甘みとコクを出す。実に丹念にスープをつくっているようだ。とくに《ばんゆう 浅草》のルーツ「尾道ラーメン」では、瀬戸内海産の小魚のワタを丁ねいに取り除き、苦味を抜いてから煮込む。それによって風味が増す。だからうまい。
塩ラーメン(650円)は、澄んだスープだ。具材は、チャーシュー、メンマ、半熟タマゴ、海苔、コーンである。岩のりラーメンも、醤油ラーメンも、そこそこ、うまいが、このあっさりして奥が深い「塩ラーメン」がおすすめである。
■岩のりラーメン ばんゆう 浅草【再録】
■東京都台東区浅草1-37-5(浅草公会堂横、楽屋口近く)
■TEL:03(6225)0128
■営業時間/11:00~21:00(平日) 11:00~20:00(土日祝)
※定休日:水曜日
(写真 塩ラーメンと醤油ラーメン)
※平成21年3月22日、移転のため閉店しました。残念。(移転先未定)
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浅草駅から江戸通りを行く。言問橋手前右側に本日、ラーメン屋さんがオープンした。開店して2番目のお客さんになった。《麺家ぶんすけ》という。
小さな店だ。中で食券を買う。やはり最初は「醤油ラーメン」650円を購入。野菜のトッピングが無料で、大盛・普通・少しの中から選ぶ。茹でたもやしとキャベツなのだが、「普通」を頼んだのだが、多すぎて困った。さて、スープはとんこつでとったようだ。意外にあっさりしている。具材は、やわらかいチャーシュー、メンマに刻みネギなのだが、前述の野菜の山盛りがつくので、ボリュームがある。
麺は太麺である。「東京とんこつあっさり系」といったところだろうか。みそ味や辛みそもある。店内はイス席が7席程度だ。気になったのが、テーブルに「ラーメンのたれ(醤油ダレ)」が置いてあったこと。お好みで入れてくださいと書いてあるが、つけ麺ならわかるが、ラーメンが薄味だからか。もっと自分の味に自信をもてばいいのに。
※当面の間は、営業時間も定休日も決まっていないそうだ。
■麺家 ぶんすけ(文祐)
■東京都台東区花川戸2-15-6
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地下鉄銀座線浅草駅の地下商店街にある《ラーメン 山小屋》、居酒屋なのかラーメン屋なのか、議論の分かれる店だ。軽く一杯飲めて、おいしいラーメンもいただける、そんな感じである。
さて、「ごまラーメン」を食す。600円。とんこつベースのスープに「すりゴマ」を入れた、この店のオリジナルだ。やわらかいチャーシューが2枚、味付けメンマ、海苔に刻みネギの具材だ。とんこつだが、あっさりしている。ゴマの風味がたっぷりで中太麺との相性もよい。それほど味のパンチはないが、たまに食べたくなる1杯だ。
ところで「ゴマ」は、最近の報告では、抗酸化物質が豊富に含有されていることが知られている。がんや老化防止によいらしい。またゴマの黒皮にはポリフェノールも含まれている。さらにカルシウム、マグネシウム、鉄分、リン、亜鉛など、ミネラル分が多い。貧血の改善や肝機能を強化するのにも役立つそうだ。ラーメンも健康食品になったといえるかもしれない。
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