« ご近所B級グルメ 浅草《めん屋 浅草店》 | トップページ | ご近所散歩 ちょいと浅草・元祖《来々軒》を捜せ!!【その2】 »

ご近所散歩 ちょいと浅草・元祖《来々軒》を捜せ!!

 先日、このブログでも紹介した、浅草の「東京ラーメン」のルーツといえば、《来々軒》(來來軒)だ。さて、どこにあったのか?昔の住所では、台東区の新畑町、いまの浅草1丁目である。そこで、浅草の文献・資料・書籍の宝庫「浅草文庫」(テプコ浅草館)で調べてみた。(どうやら台東区浅草1丁目13番地あたりらしい)

 大正11年の浅草の地図があった。「すしや横町(現すしや通り)」に《来々軒》はあった。明治43年の創業だから当然だが、大正12年の関東大震災で、このあたりは壊滅している。しかしすぐに町並みは再建され、《来々軒》も営業を再開したようだ。

 この大正11年の地図では、「支那料理 来々軒」は、すしや横町の浅草公園六区寄りの端にある。(地図に黄色でマーカーをした場所)確かに、10軒近くのお寿司屋さんもある。おそらく明治末期から大正、昭和初期には、浅草は大衆娯楽の聖地であって、日本で最もにぎやかな歓楽街であった。浅草六区へ続く「すしや横町」は、そんな意味では、日本一活気あふれる通りであったようだ。

 昔の地図をみると、浅草でも様々なお店がある。呉服屋、下駄屋、小間物屋、洋傘屋、組糸屋、酒屋、鞄(カバン)屋、写真館、洋食屋、ミルクホール(喫茶店)、そば屋、鳥屋、金物屋、煙草(たばこ)屋、薬局、靴屋、帯屋、袋物屋?、だんご屋、理髪店、料理屋などである。もちろんいまでもみかける業種もあるが、なつかしい庶民の街の風物詩的なお店も多い。

 おもしろいのは、すしや横町の《来々軒》の向かいが、「志るこ飯田」(おしるこだから甘味処だろう)で、その隣が「あげものや」(天ぷら?)である。古い地図をみながらタイムスリップすれば、当時の町の様子が目に浮かんでくるから不思議だ。ノスタルジックな体験ができる。

※地図は浅草文庫提供。作図はたろべえ。

Photo_2

Photo

|

« ご近所B級グルメ 浅草《めん屋 浅草店》 | トップページ | ご近所散歩 ちょいと浅草・元祖《来々軒》を捜せ!!【その2】 »

ラーメン・ノスタルジー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ご近所B級グルメ 浅草《めん屋 浅草店》 | トップページ | ご近所散歩 ちょいと浅草・元祖《来々軒》を捜せ!!【その2】 »