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《星野くんの二塁打》を読む③【原文】

 郡内少年野球選手権大会の日どりは、さしせまっていた。だから、星野たちのチームは、自分の地区からの出場権をかくとくした試合のあくる日も、練習を休まなかった。選手たちは、定められた午後一時に、町のグラウンドに集まって、やけつくような太陽の下で、かたならしのキャッチボールをはじめた。

 そこへ、監督の別府さんがすがたをあらわした。選手たちは、別府さんのまわりに集まって、めいめい、ぼうしをぬいで、あいさつをした。

 キャプテンの喜多は、いつものとおりに、打撃の練習をはきめるものと思って、バットを取りにいった。別府さんは、喜多からバットを受け取ると、

「みんな、きょうは、少し話があるんだ。こっちへきてくれないか。」

といって、大きなカシの木かげにいって、あぐらをかいた。

 選手たちは、別府さんのほうを向き、半円をえがいて、あぐらをかいた。

「みんな、きのうは、よくやってくれたね。おかげで、Rクラブは待望の選手権大会に出場できることになった。おたがいに喜んでいいと思う。ところで、きのうのみんなの善戦にたいして、心からの祝辞をのべたいのだが、どうも、それができないのだ。」

 補欠も入れて十五人の選手たちの目は、じっと別府さんの顔を見つめている。別府さんの、おもおもしい口調のそこに、何かよういならないものがあることを、だれもがはっきり感じたからである。

 別府さんは、ひざの上に横たえたバットを、両手でゆっくりまわしていたが、それをとめて、静かにことばを続けた。

「ぼくが、監督に就任するとくに、きみたちに話したことばを、みんなはおぼえてくれているだろうな。ぼくは、きみたちがぼくを監督としてむかえることに賛成なら、就任してもいい。町長からたのまれたというだけのことでは、いやだ。そうだったろう、喜多くん。」

 喜多は別府さんの顔をみて、強くうなずいた。

「そのとき、きみたちは、喜んで、ぼくをむかえてくれるといった。そこで、ぼくは、きみたちとそうだんして、チームの規則をきめたのだ。いったん、きめたいじょうは、それを守るのが当然だと思う。また、試合のときなどに、チームの作戦としてきめたことには、ぜったいに服従してもらわなければならない、という話もした。きみたちは、これにもこころよく賛成してくれた。それで、ぼくも気持ちよくきみたちと練習を続けてきたのだ。おかげで、ぼくらのチームも、かなり力がついてきたと思っている。だが、きのう、ぼくはおもしろくない経験をしたのだ。」

 ここまで聞いたとき、「これは自分のことかな。」と、星野はかるい疑問をいだいた。けれども、自分が、しかられるわけはないと、思いかえさないではいられなかった。

 -----なるほど、ぼくは、きのう、バントを命じられたのに、かってに、打撃に出た。それはチームの統制をやぶったことになるかもしれない。しかし、その結果、ぼくらのチームが勝利を得たのではないか・・・・・・。

 そのとき、別府さんは、ひざの上のバットをコツンと地面においた。そして、ななめ右まえにすわっている星野の顔を、正面から見た。

「まわりくどいいい方はよそう。ぼくは、きのう星野くんの二塁打が気にいらないのだ。バントで岩田くんを二塁へ送る。これがあのとき、チームできめた作戦だった。星野くんは不服らしかったが、とにかく、それをしょうちしたのだ。いったん、しょうちしておきながら、かってに打撃に出た。小さくいえば、ぼくとのやくそくをやぶり、大きくいえば、チームの統制をみだしたことになる。」

「だけど、二塁打を打って、Rクラブをすくったんですから。」

と、岩田がたすけぶねを出した。

「いや、いくら結果がよかったといって、統制をやぶったことに変わりはないのだ。

・・・・・・いいか、野球は、ただ、勝てばいいのじゃないんだよ。健康なからだをつくると同時に、団体競技として、協同の精神をやしなうためのものなのだ。ぎせいの精神のわからない人間は、社会へ出たって、社会を益することはできない。」

 別府さんの口調が熱してきて、そのほおが赤くなるにつれて、星野仁一の顔からは、血の気がひいていった。選手たちは、みんな、顔を深くたれてしまった。

「星野くんはいい投手だ。おしいと思う。しかし、だからといって、ぼくはチームの統制をみだした者を、そのままにしておくわけにはいかない。」

 そこまで聞くと、思わず一同は顔をあげて、別府さんを見た。星野だけが、じっとうつむいたまま、石のように動かなかった。

「ぼくは、こんどの大会に星野くんの出場を禁じたいと思う。とうぶん、きんしんしてもらいたいのだ。そのために、ぼくらは大会で負けるかもしれない。しかし、それはやむをえないことと、あきらめてもらうよりはしかたがない。」

 星野は、じっと、なみだをこらえていた。

 ----別府さんのことばは、ひとつひとつ、もっともだ。自分は、いままでいい気になっていたのだ。

 かれは、しみじみと、そう思わないではいられなかった。

「星野くん、異存があったら、いってくれたまえ。」

 別府さんのことばに、星野は、なみだで光った目をあげて、はっきりと答えた。

「異存ありません。」

 別府さんを中心とした少年選手たちの半円は、しばらく、そのまま、動かなかった。

 ぎらぎらする太陽の光線が、人かげのないグラウンドに、白くはねかえっていた。

 *****************************************************************************※吉田甲子太郎(よしだ・きねたろう)作、『星野くんの二塁打』大日本図書より

 チームの「統制」を破った星野くんは、ペナルティーとして選手権大会への出場は禁止された。「団体」の中で「統制」を乱す者は許されない。「団体・チーム」のために、個人は「犠牲」になることもある。このあたりが、ポイントだろうか。

著者の吉田甲子太郎(よしだ・きねたろう)氏は、明治生まれの、一時代前の児童文学作家、英文学者である。(1894~1957)中学教師から明治大学の教授になった。

内容が「戦争」の時代を思い起こすような部分も多分にあるように思う。はたして、いまの時代に「どうなのか」とも思う。

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