《朝(あした)に道を聞けば》
朝(あした)に道を聞けば、夕べに死すとも可なり(論語)
朝に人の生きるべき正しい道を、師匠から教えられ真理を悟ることができれば、たとえ心ならずも夕方に死ぬことがあっても後悔はしない。「道」とは、君子は君子たるべく、臣は臣たるべく、父は父たるべく、子は子たるべく、という人間が存在する真理のことだろう。
江戸時代の思想家・画家で有名な渡辺崋山(寛政五年1793~天保十二年1841)が、獄中から弟子の椿椿山に宛てた書簡(天保10年8月)の中に、『論語』のこの一節が引用されていた。崋山は幕府の蘭学や開国派を弾圧する目的の「蛮社の獄」で捕らえられ獄中にあり、その後赦免され国許に蟄居される。そして藩主に責めが及ぶことを憂慮しついには自害してしまう。
弾圧の中で自分を失わず、自分は本来、海防の職(家老職)にあり、諸外国からの攻撃に備え、敵を知るために外国の文化や歴史、軍備などの知識を仕入れていたにすぎない。四方を海に囲まれた日本にとっては、いつまでも鎖国政策を推し進めていることは、当時の世界情勢に照らせば時代遅れとなることは間違いない。欧米諸国、ロシアは、日本よりはるかに先を進んでいる。そんな危機感をもつ崋山が、幕府を批判したとされ罰せられたようだ。しかし歴史の評価を待てば、崋山の思想はおよそ10年ほど先に進んでいただけのことだったから、悲しい。もう少し生きていてくれれば、幕末から開国の日本の流れも変わっていたのかもしれない。
また渡辺崋山は、この弟子宛ての書簡に自作の歌も記している。獄につながれているときも蟄居幽閉の身にあったときも、実は老いた母親の身を心配していた。人間・崋山の心情を読み取ることができる。
あさ縄にかかるうき身は 数ならず 親のなげきを とくよしもがな
(お縄にかかったわが身など、とるに足らないものだが、母親の嘆きを解く・取り除く手がかりもない)
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コメント
1日 そしてその時間を大切にする事ですかね… 深い!
投稿: いっくん | 2009年7月 5日 (日) 19時23分
いっくんさん
正にその通りですね。一日一日やその瞬間その時を大切に生きよう ですね。良い言葉だとおもいます。
投稿: 通りすがりの旅の者 | 2009年7月 8日 (水) 10時11分