« 【にっぽん 海外交流史】黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1【再録】 | トップページ | 【にっぽん 海外交流史】スフィンクス前、武士の集合写真 »

【にっぽん海外交流史】日本初サムライの英語教師《マクドナルド》その2

日本初の英語教師であったラナルド・マクドナルド(Ranald MacDonald)の『日本回想記』(“Japan, Story of Adventure of Ranald MacDoanald, First Teacher of English in Japan”)から少し紹介したい。

写真:『日本回想記』から引用) 

松前(北海道)から長崎へ送られたマクドナルドは、不法入国者であったため、名刹崇福(そうふく)寺の支院「大悲庵」の座敷牢に監禁された。しかし決してひどい扱いを受けたわけではない。食事も週に一度は豚肉が供され、1日おきに入浴も許され、当時、出島にあったオランダ商館からはコーヒーや西洋の新聞の差し入れもあった。

まもなく長崎のオランダ通詞(通訳)たちに、マクドナルドは生きた英語を教示することになるが、その14人の生徒たちの名前が『日本回想記』にも記されている。

1        西与一郎

2        植村作七郎

3        森山栄之助

4        西慶太郎

5        小川慶重

6        塩谷種三郎

7        中山兵馬

8        猪俣伝之助

9        志筑辰一郎

10    岩瀬弥四郎

11    堀寿次郎(残念ながら堀達之助ではない)

12    茂鷹之助

13    名村常之助

14    本木昌左衛門

驚いたことに、最近まで「日本英学史」の世界でも11番の堀については、堀達之助

とされていた。これはマクドナルドが“Judgero Hory”、“Inderego Horn”と耳で聞きとり、巻き残したことにより、この時代ならば「堀達之助」に違いないといった推察から、達之助は森山と共に、長崎でマクドナルド先生から英語を習ったと、定説になってしまったようだ。もし、達之助が森山同様に、日本ではじめての英語教師からこの時使える英会話を学んでいれば、その後の数奇な運命もちがったものになったであろうと思う。時代の趨勢は、まちがいなくオランダ語から英語の必要性に動いていた。

(参考:『英学と堀達之助』堀孝彦著、雄松堂刊)

※稲上譲さんのご指摘により、誤りを訂正しました。

(

Mc_edited_3

|

« 【にっぽん 海外交流史】黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1【再録】 | トップページ | 【にっぽん 海外交流史】スフィンクス前、武士の集合写真 »

にっぽん海外交流史」カテゴリの記事

コメント

私、台東商業高校の廃校を期に退職をいたしまして、4年ほどたちます元都立高校世界史教員で、日本マクドナルド友の会の一員でもあります。偶然に貴ブログを拝読し、マクドナルドも相当知られるようになって感慨深いものがあります。貴ブログ中での誤りがございますので、訂正をお願いいたします。一つには、マクドナルドの名で、貴ブログではRenald(レナルド)とあり、他にRonald(ロナルド)とあるものも見受けれますが、正しくはRanald(ラナルド)です。
二つ目は、マクドナルドの11番目の弟子名ですが、私が堀孝彦先生に提供いたしました『大阪朝日新聞・懐旧の書簡』(明治21年1月24日~29日迄6回連載)記事中にカナダのマクラウドからの往信にある英文綴りを新聞主筆の織田純一郎が訳してカタ仮名で新聞紙上に載せております。その11番目には“ホリ、ジウジロー”とあります。1981年には長谷川誠一氏が「長崎奉行蘭通詞順名によるマクドナルドの生徒研究」(『南北海道史』94号)と同「ラナルド・マクドナルドの十一番目の生徒研究」(『英学史研究』14号)で堀寿次郎(堀伝造)に比定されております。貴ブログ中にある堀寿四郎はすぐ前にある十番目の岩瀬彌四郎の四郎と混同されているようです。正しくは、堀寿次郎です。又、堀達之助はマクドナルドが長崎に連れて来られた時には浦賀詰めであり、マクドナルドからは英語の手ほどきを受けることは不可能でした。なお、森山栄之助(森山多吉郎)の墓石は東京にもあります。染井墓地近く、とげぬき地蔵からも至近の豊島区巣鴨5-35-6本妙寺で、戒名は“清心院茶山日勇居士”です。

投稿: 稲上 護 | 2009年12月 5日 (土) 13時40分

稲上様
大変貴重なご指摘ありがとうございます。誤りは訂正します。

 堀達之助がマクドナルドから英会話を習っていなったことや森山栄之助の墓が巣鴨の本妙寺にあることは存じておりました。

 私はいま「幕末の外交官 森山栄之助」江越弘人著を読んでいるところでした。
今後共、ご指導のほど、よろしくお願いします。

投稿: もりたたろべえ | 2009年12月 5日 (土) 23時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 【にっぽん 海外交流史】黒船の通詞・数奇な一生《堀達之助》ストーリーその1【再録】 | トップページ | 【にっぽん 海外交流史】スフィンクス前、武士の集合写真 »