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《ある明治女性の世界一周日記-日本初の海外団体旅行-》を読む【その2】

 横浜で外国人相手の古美術商を営んでいた主人公・野村みちの含蓄ある記述をいくつか紹介してみたい。

○船客のボーイへのチップについて

 “この船客の中でチップを多くくれるのは日本人だそうです。部屋付きのボーイに対し、多いもので二十円、少ないものでも十円を下らないとか。(中略)思うに、日本人は海外旅行に慣れておらず外国語のできない人も多いので、失策を恐れるあまり、驚くほど多額のチップを与えてしまうのでしょう。外国人であれば、報酬は労力に見合ったものを与えるという価値観が強くありますし、旅慣れてもいますから、ボーイの働きぶりに応じた金額を航海の終わりに与えるに違いありません。”

 まさに野村みちさんのおっしゃる通りだと思う。当時の貨幣価値だと、「二十円」は十万円、「十円」でも五万円近くなる。もちろん豪華客船の一等船室を利用する客ならば、その程度のチップをはずんでもおかしくないのかもしれない。しかし、長い船旅ならば、サービスに見合った額を別れ際に渡すのも理にかなっているといえる。

○船旅での外国式マナーについて

 “船室での声高のお喋りは慎むべき。(略)男性が女性の部屋に入るのをそれほど失礼だと思っていないことや、だらしない服装で甲板をうろついていること、食事中の不作法の多さなど、(略)冷や汗をぬぐう場面が多々あります。これからは西洋の人々との付き合いがますます増えることでしょう。母親たるもの、外国式の礼儀を一通りは心得ておき、子どもたちに幼い頃からそれを身につけさせることもなすべき育児の一つでしょう。”

 明治41年に書かれた内容が、いまでも通じる。現代の若い女性にはまったく理解されないだろう。つぎの、この旅ではじめて上陸した、最初の訪問地「ハワイ」で、最高級のホテル(ホノルルにあったアレキサンダー・ヤングホテル)に宿泊して、みちは述べる。

○外国人用ホテル

 “我が日本は今や世界が環視する中心であり、来日する外国人も年々増えています。それなのにホテルの設備がこうした変化に対応できていません。ただいたずらに目の前のわずかな利益にばかりあくせくとして、その先にある将来の莫大な利益のことを考えていないのは、いつもながらまことに恨みの多いことでございます。”

 開国から約50年、横浜で商売をしていた野村みちの目は、広く海外に向けられていた。日本を訪れる外国人客を受け入れる本格的なホテルの必要性を、当時から思い描いていたことは、すばらしい発想であった。

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